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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第三章  2  ーー  キエバの光景  ーー

 百五十五話目。

   こんな酷い光景、もう見たくないのに。

           2



 覚えのな罪の責任を突き詰められているようで、体が硬直してしまう。

 辛うじて首を動かし、エリカとリナの様子を伺うと、二人とも不安と警戒の混じった眼差しが行き交っている。

 しばらくして落ち着いた後、ようやく体を声の方へと振り向けた。

 通路の先に、一人の男が両脇に包帯などの荷物を抱えこちらを睨んでいた。

 それはやはり、憎しみに似た、禍々しさが漂っている。

 風に地面の砂ぼこりが舞い、眉をひそめてしまうが、男は怯むことはない。


「……あなた?」


 あの連中ではなくても、危険かと足に力を込めたとき、驚愕したリナの声が舞う。

 何かに気づくみたいに。


「……チノ?」


 困惑して、息を呑むなか、エリカが静かに呟き、険しく男を睨んだ。

 やはり面識があるのか、エリカは目を逸らさず、リナは面倒そうに額を擦っている。

 敵意を醸し出す男に、どこか呆れているようにも見える。


「……知り合いか?」


 僕だけが一人が取り残されてしまい、恐る恐る聞いてみた。

 男はこちらにまだ敵意を放つので、まだ信じ切れなかった。


「トゥルスの村の子よ、あの子も。確か名前は“チノ”だったわよね」


 リナの問いに、“チノ”と呼ばれた男は黙って頷いた。


「トゥルスって」

「まぁ、彼は私らのことはあまりよくは思っていなかったらしいけど、よくミントと行動を共にしていたわ。あんたが毒にやられて、あの村にお世話になったときにもね」

「私らが嫌いみたいだけど」


 嫌味を込めたエリカの一言に、チノと呼ばれた男はフンッと顔を背けた。

 背が高く、目が大きいチノ。金髪で坊主頭であるからか、より目が大きく印象深かった。

 多分、僕よりも年下なのだろうけど、背が高いせいなのか、どうも威圧感を拭えないでいた。

 ただ、それは僕だけで、エリカもリナもぞんざいにあしらい、威圧感に臆することなく悠然としている。

 息巻くチノに対して、リナはどこか諭すようにチノをじっと見つめ、首を傾げていた。

 やはり毒で僕が寝ている間に面識があったのだろう。


「お前ら、何しにこの町に来たんだ?」

「あのね、一応私らの方が年上よ。もうちょっと優しく接してくれない?」


 軽々しく歩み寄るチノに、手の平を見せておどけるリナだけど、チノには通用せず、睨み返される。

 冷たい反応に、リナはフンッと唇を尖らせた。


「これはただの見世物じゃないんだ。手が空いているなら、こっちに来て手伝えっ」

「だから、私らの方が年上だってこと、わかってる?」

「無能な奴ほど、年とか細かいことを気にするっ」

「ーーなっ」


 依然として強気の態度を崩さないチノに、嘆いていたリナだけれど、チノのぞんざいな指摘に口をすぼめる。

 ぐうの音も出ない。


「来いっ。バカな奴の手でも、ないよりはマシなんだからな」

 

 癇に障ったリナが手を堪えているなか、一方的にチノは吐き捨て背中を向けると、首をクイッと動かして「ついて来い」と促した。

 

 有無も言わず歩き出すチノの背中に、今にも跳び蹴りをしてしまいそうな勢いを隠し切れないリナ。

 釈然とせず、肩を揺らすけれど、暴挙に動くことはなかった。

 何がこのキエバで起きたのかわからず、従うしかなかった。

 苛つくリナに、辺りの状況を不快に睨みながら続くエリカ。

 僕も事情が掴めず、黙って従うしかなかった。





「酷いわね。こんなことになってるなんて」


 目の前の惨劇に、これまで高ぶっていたリナの憤慨は一気に鎮まるけれど、頬は引き攣ったままである。


「突然、町は襲われたみたいだ。理由も何も説明ないまま、一方的に」

 怒りを必死に堪えながら、チノがこぼす。


 連れて来られたのは、町の奥にある大きな通路沿い。

 辺りの住宅も、町の入口付近と変わらず、ほとんどが焼き崩れ、廃墟と化していた。

 より町な中心となっており、焦げ臭さも酷くなっており、鼻を擦ってしまう。

 いや、焦げ臭いだけじゃない。

 鼻孔を刺激するのは人の血……。


 死の臭い……。


 砂地の通路に敷き詰められた布。

 そこには町の住民が横になり、身を縮めていた。

 誰もが包帯に巻かれ、重傷であるのは一目瞭然。

 軽症であろう者たちも、通路の隅に狼狽して座り込んでいた。

 入口とは比べものにならないほど、悲しみが鎮座しているみたいだった。


「……これじゃぁ、戦争の被害に遭ったみたいね」

「……酷い。じゃ、片づけられないよな」


 全身に恐怖染み込んでくる。

 おそらくこれはリキルでもあり得た光景。

 だからこそ、体が強張っていた。


「何、ぼけっとしてるんだっ。動けるんだったら、早く怪我人を助けろっ」


 惨状に再びぶつけ場所のない怒りに苛まれていると、またしても背中にチノの怒号を浴びせられた。

 チノって奴と何かあったのか?  

   まぁ、そんなこと言ってる暇はないんだろうけど……。

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