第三部 第三章 1 ーー キエバ ーー
百五十四話目。
ようやくなのね。
ほんと、大人の難しい話なんてしなければいいのに。
第三部
第三章
1
「……なんなんだよ、これ?」
キエバの町。
その敷地に入り込んだ瞬間、足が竦んでしまい、驚愕の声をもらしてしまった。
目の前に広がる惨劇を目の当たりにして。
血がうごめいている。
肌に突き刺さるのはそんなものであった。
町の住宅はみな崩れている。
この町の住居は木造が多いのか、どれもが焼き払われ、黒ずみとなった柱が無残に立ち残っているだけ。
梁などか辛うじて残っている場所がところどころあるが、それが住宅であったと、辛うじて訴えているだけで、すべて焼き払われていた。
朽ち果てている。
黒い煙が昇るなか、鼻を押さえてしまう。
臭覚を刺激するのは、焦げ臭さではなかった。
肌を掻き毟る気持ち悪い感触が、風に漂っていた。
血の臭いが……。
「……まるでリキル」
弱々しく呟くエリカ。僕も無言のまま力なく頷いてしまう。
キエバの町は崩壊していた。
もうそこに人が住めるような場所はなく、瓦礫の山が散乱している無残さは、既視感を僕に与えてくる。
そう。以前、ヤマトが住んでいたリキルに惨状は酷似していた。
リキルの崩れた家の光景。
砂の通路に立ち、憎しみに淀んだヤマトの禍々しい目で睨んでくる姿が脳裏に浮かんでしまう。
ヤマトが僕に怒りをぶつけるみたいに。
「……誰がやったんだ」
奥歯を噛み締めながら、擦れた声が風を切る。
冷静でいようとするほどに、両手を強く握りしめ、手の平に爪が食い込んでいく。
テンペストに襲われた、なんて冗談は通用しない。
明らかに人によって襲われた後の残酷さが漂っている。
「……まさかカサギ? いえ。そんなことは絶対にあり得ないし」
隣で唖然としていたリナが独り言をこぼし、自分に納得させる。
「とりあえず行きましょ。それほど時間は経ってないはずよ。まだ助かっている人はいるはず」
状況をいち早く理解したリナが強く言い、飛び出してしまう。
そんななか、僕とエリカは体が固まってしまい、その場に立ち竦む。
困惑と恐怖が体を縛りつける。
数歩進んだ先で、リナが僕に気づいて足を止める。
「何してるの、早くっ」
瞬間、辺りを気にせずフードをめくり、銀髪を晒してリナが怒鳴った。
身を隠す余裕さえもない、と言いたげに。
「ーー早くっ」
風を裂く大声が止まっていた僕の意思を取り戻した。
体に貼りつく黒い違和感を振り払うべく、力強くかぶりを振り、不安を振り落とした。
さらに頬を一発自分で叩き、完全に意識を落ち着かせ、町の遠くを睨んだ。
「ーークソッ」
見えない恐怖を消し去り、地面を蹴った。
エリカも僕に続いて町の奥に進んだ。
侵略とも見える暴挙が起こり、さほど時間が経っていなかったのか、崩れた家の軒先の至るところに治療を受け、体に包帯を巻いている者が力なく座り込み、項垂れていた。
開いた通路には、直に布を敷き、そこに横たわっている者の姿がいたるところにあった。
目を背けたくなる散々なな光景は、野戦病棟を彷彿とさせ、息が詰まる。
「これって、どう思う?」
メガネを外し、凄惨たる光景から目を背けないリナ。
それでも眼差しに怒りを滲ませているいるのは隠せずにおり、目つきが鋭くなっている。
エリカも唇を噛み締め、痛みに苦しんで唸る女性をじっと眺めていた。
「……あの連中の仕業、としか考えられないよな、これ」
「やっぱり、そうよね」
「でも、なんで……」
この町が襲われる理由がわからず、行き場のない憤りが込み上げてしまい、奥歯を噛んでしまう。
「遊んでいるの、人の命で」
目蓋が重く視界を遮断させようとするなか、エリカの声が引き留めた。
考えたくもない憶測がエリカの口から放たれ、顔を見合わせてしまう。
エリカは冗談でもなんでもなく、事実を見据えた言葉に何も言い返せない。
頭によぎるのは、やはりリキルの光景であり、今の惨状と何度も重なってしまう。
まだこの町には生存者がいる。
そんな奇麗事は決して口に出ることはない。
町が襲われたこと自体、耐え難い苦痛なのだから。
「もう少し町を探ってみよう。こんなのってーー」
「何、やってるんだっ。遊んでるんじゃねぇっ」
様子を伺おうとしていたとき、どこからともなく怒鳴り声が響いた。
そういうわけにもいかないんだよ。
ということで、エリカの文句は続いてしまいそうですけれど、応援していただけると嬉しいです。
第三章も引き続きよろしくお願いします。




