第三部 第二章 2 ーー 確信がほしい ーー
百五十話目なのに……。
難しい話に興味なんてない。
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ツルギの嫌味のこもった問いに、抗うべく本を強く閉じた。
バタンッと鳴る音は、抵抗の意思の現れであったのだが、ツルギには通用しておらず、悠々と倚子に凭れている。
「別に僕は復隊したわけではないよ」
「ほう? ではなぜ戻ってきたんだ?」
強い意志を持ってツルギを睨むが、やはり断固として揺らぎないツルギ。
平然とする姿は憎らしくもある。
「よくもまぁ、そんなことを言えたな。あのローズとかいう女、僕が同行を拒否したならば、カストの住民を皆殺しにすると脅してきたぞ」
冗談でも嘘でもない。躊躇する素振りはまったくなかった。あの人を蔑んだ目は、今でも忘れない。それほどまでに狡猾であった。
「逆らえる隙もなかったぞ、あいつは」
「ふん。あいつらしいな」
彼女の狡猾さを納得するように、腕を組み直し、何度も頷くツルギ。
危険を承知の上で、とのことか……。
信じられずに、息を呑み、言葉を失ってしまう。
「だが、間違いではなかっただろ。ここにはこれだけの資料があるのだから」
ツルギは両手を広げ、冷やに広がる資料を示した。
「……確かに……」
それには文句のつけようがない。
「これだけの資料、集めるだけでも相当な苦労が…… すごいな」
「ま、“蒼”にはお前以外にも歴史に興味を抱く者がいるということだ」
素顔に驚愕せずにはいられない。
歴史に興味を抱く者がいるのは嬉しい。
「ーーで、今は何を調べているんだ?」
「……テンペストについてだ」
「テンペスト? それは我々には関係ないと思うのだがな」
「ただの杞憂であればいいが、僕はその確信がほしいだけだ」
「……確信ねぇ」
どうも、納得し得ぬ声がツルギからもれた。
それでも無視し、再び本を開いた。
「これまでテンペストが消えることはなかった。それに呼応するべく争いは途絶えなかったからな。そこになんらかの因果があるのか、その可能性を探るべきだと僕は考えているのだよ」
こちらは本気で嘆いているのに、関心がなく面倒そうに眉をひそめるツルギ。
「……まかりなりにも、お前は隊長の一角だろ。部下を従う者として、多少の関心は持つべきだろ」
軽口を叩くツルギに、つい声に熱がこもり、叱咤する形になってしまう。
それでも、まったく堪えていない。ツルギは体をこちらに向け、
「私とて、それは理解しているさ。だからこそ、お前を呼んだつもりなんだけどな」
「私を呼んだ理由もあるとでもいうのか?」
どこか含みのある言い回しに、訝しげに眉を歪めてしまう。
ツルギは依然として腕を組み、倚子に大きく凭れていても、その目は鋭くこちらを睨んでいる。
「部下の間で変な噂が流れていて、私も苦労が絶えないんだよ」
「ーー変な噂?」
聞き捨てならなくて、反応してしまう。
「隊の者が時折、行方不明になるという話があるんだ」
「行方不明? なんだ、その現実味のない表現は」
ツルギは曖昧なことに動かされるほど、軽い人間でないのはわかっている。
だからこそ、ツルギの反応は信じ難いのだけれど、ツルギは冗談で言っている節はない。
「それが噂でないらしいから、悩みの種でもあるんだよ」
「何かあったのか?」
「行方不明とは少し違うのだけどな、奇妙なことを言ってる者がいてな」
「少し違う?」
不本意ではあるけれど、ツルギの話が気がかりになり、本を畳み、棚に戻した。
棚に凭れ、話に耳を傾けた。
「隊の一人が変な幻を見たと言っている。それは我々の集団を見たとな。だが、それは自分の体をすり抜けるように走り去ったらしいんだ」
「すり抜ける?」
「そう。それこそ、幽霊でも言いたげにな」
「ちょっと待て。そんなことはーー」
話を中断しようとするのだけど、それを察したツルギは先立って手で制した。
「あったらしいんだ、本当に。しかも、そのなかにはその兵の知り合いの者がいたらしい」
「なら、それは本物ではないなか?」
「言ったろ、そいつらは体をすり抜けたと」
「だが、その人物は実際に存在するんだろ?」
「さぁな。そこまでは。その幻を見た者も復帰し、すでに行動に出ているらしい」
ツルギは真剣な面持ちで顔を伏せた。
冗談でもふざけているわけでもなく、隊のなかでは問題となっているのか……。
釣られて腕を組み、こちらも唸り声がもれてしまう。
「その幻を見たという兵の名は?」
「確か…… タカクマと言ったか……」
「……タカクマ……」
初見である若い兵ということか……。
「彼は確か、ローズの部下だったらしいな」
ローズ。
厄介な人物だと騒ぐのは考えすぎだと言うのか。
自分の出番がないからって、怒るなって。
しっかり聞いとけよ。




