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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第一章  9  ーー  町を思うとき ーー

 百四十六話目。

   先に進むのはわかってるけど、眠い……。

            8



 キエバ

 突然の反応に、多少の戸惑いがないわけではい。

 エリカの急な態度は信じられないこともあったけれど、こいつが言い出したことをねじ曲げることは無謀でしかなく、無駄であることは痛感している。

 行き先は自然と決まった。

 エリカが問い詰めた男が指した“キエバ”に向かっていた。


「……珍しいこともあるんだな。でも」

「……何が?」


 すでに陽は暮れており、肌寒い風が頬を突っ張らせているなか、小さく呟いた。

 キエバに辿り着く前に、遭遇したのは、新たに見つけた忘街傷。

 それでもそこは忘街傷と呼べるまでも大きな規模でもなかった。

 どこかの草原にそれこそ、石柱が一、二本だけ転げている粗雑な場所であったけれど、時間も遅かったので、そこで休むこととした。

 相変わらず月は重い雲に覆われ、光は遮断されている。

 焚き火に薪をくべ、火の粉がパチパチとはぜるなか、戸惑いがこぼれて頭を抱えてしまう。


「あいつがあそこまで感情的になったのなんていつぶりだろう」

「そうなの?」


 コーヒーを入れたコップに口をつけ、リナはキョトンとしている。


「うん。これまでどこか町に着いても、僕の後ろに隠れていたり、珍しく話したと思えば、急に喋り方をしていたんだけどね」


 そのつど、町の人らからの白けた視線が痛かったものだ。

 焚き火の揺れる火を眺め、昔のことを思い出し、こちらもコーヒーを一口喉に通した。

 石柱に座るリナが不思議そうに、コップを揺らしてみせた。

 ま、不思議がるのは当然である。これはまだ僕ら二人が旅していたころの話だから。

 しかも、当の本人は何事もなかったように、隣で静かに眠っている。

 憎らしげにスヤスヤと。

 無垢な子供だという表情に、殴りたくなる衝動は堪えておこう。


「……こいつは極度の人見知りのはずなんだけどな……」

「人見知り? 私はそうは思わなかったんだけど」


 ん? と言葉を疑ってしまう。エリカを眺めるリナは、心底僕の指摘を疑っている。

 それは自分の知っているエリカの姿と懸け離れている、と指摘したげに。

 僕が意識を失っている内に何かがあったのだろうか?

 まぁ、二人を見ていると、悪いことはないんだろうけれど。


「でも、なんであんなにローズに反応したんだ?」

「さぁ? そこまでは……」


 やはり、エリカの意図までは掴めることはなく、疑問の溜め息がこぼれていた。


「結局、テンペストはどうなったんだろうな……」


 本来はテンペストを追って町を目指していた。

 いつものエリカの気分次第であるとはいえ、唸ってしまう。


「ねぇ、今さらなんだけど、テンペストに遭遇したとして、あなたたちはどうするの?」

「遭遇したら…… か。そうだな。そこで仮にあの人に会ったとしても……」


 どうするかな。


 あのセリンに会える保証はないんだけど……。

 そもそも、あの人に会って……。

 願望だけが先行して、そこまではまだぼんやりとしている。

 ふと夜空を見上げてしまう。

 まだ雲は重く低い。それでもどこか風が強まった気はするけれど。


「セリンって人を殴るかな」


 自然とこぼれた言葉に、嘲笑してしまう。

 リナも呆れて頬を緩めた。


「あのとき、エルナでなんで僕らを助けたんだって。今となったら、こうして旅を始めるきっかけでもあったからさ……」

「……エルナ…… あなたたちが住んでいた町ね」

「まぁね。いろいろとあったけど……」


 無意識の内に唇を強く噛み、コップを揺らすと緩い波紋を眺めてしまう。


「ねぇ、もしもの話なんだけどさ」


 不意にこぼしたリナに顔を上げると、無垢な疑問を目に留まらせ、三つ編みを触っている。

 無邪気な好奇心だろうか。澄みきった眼差しに息を呑み込むと、吸い込まれそうになる。


「ねぇ、もしエルナって町が残っていたとするなら、やっぱり戻りたい? エルナに」


 揺らしていたコップを止め、手に力を込めてしまう。


「……その気はないかな」


 弱々しく呟くと、好奇に満ちたリナの眼差しから無理矢理目を逸らした。

 視界の隅に、期待にそえられなかったのか、呆然とするリナを横目に、眠っているエリカを眺めた。


「……実はさ、エルナに僕らはあまりいい記憶がないんだよね……」


 不満はない。と言いたげな寝顔を眺めながら、こぼれてしまう。

 苦笑せずにはいられない。


「あ、でも恨んでる、とかはないよ。自慢できることがないって話でね」


 そばで気まずくなる雰囲気を察し、慌てて弁解するのだけれど、それでも頬は引きつる。

 悲しげに眉を下げるリナの表情を見てしまい。


「……そう。ま、人それぞれだし、いいけーー」


 納得性するように話すリナを遮り、風が吹き込むと、間の焚き火がはぜりそうで、目を瞑ってしまう。


「ーー嘘でしょ」


 火の粉を浴び、文句をこぼしたのかと目を開けた。

 てっきり体を払っているのかと思っていると、リナは立ち上がっていた。

 しかも、かなりの火をくべたのだけど、風に吹かれて火は消え、煙が立ち上っている。

 夜は深く、辺りは暗いはずなのに、明るくなっている。

 闇に埋もれていない奇妙な明るさに顔を上げると、戸惑いで揺れた眼差しを落とすリナとぶつかった。


「……何があったんだ?」

「これってまたなの?」


 リナの声に釣られ、辺りを見渡したとき、目を疑った。


 町。


 それまでは雑草が悠然と風に揺れているだけの殺風景な場所であったのに、そこには雄大な町の光景が広がっていた。

 賑やかな町の姿。夜でもあり、建物の窓から灯りがこぼれ、町並みに淡い光を灯していた。

 闇に咲いた淡い花として。

 そこには人の姿があった。

 夜の町を歩き、夜風を楽しむみたいに。

 その一瞬まで、なかったはずの町の光景があった。


「これってあれだよね。前にもあった幻?」


 町の通路に立ち尽くすようにいる僕ら。

 以前に見たのは“蒼”らしき兵士が馬に乗って駆け巡る姿。そのときと同じ状況だというのか……。


「これってなんなの。まさか、テンペストの影響だって言うの。大体、なんでこんなの。ここって……」


 全身から力が抜けていく。立っているはずなのに、足に力が入っておらず、宙に浮かんでいるみたいな浮遊感が肌を襲う。

 視線が左右に小刻みに揺れる。


「……エルナだ」

 何が眠いだよ。

   今は大変なのに。

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