第三部 第一章 5 ーー 警戒するべき、か ーー
百四十二話目。
私たちが探しているものなんて、決まってる。
4
あのな。僕はそんなことを聞いているんじゃないんだけどね。
能天気というべきか、無関心というべきか、見当外れな反応にぐうの音も出てくれない。
溜め息をこぼしながらリナを見た。
何か助けを、と願っていたのだけれど、リナも首を傾げて手の平を見せた。
巻き込まないで、と牽制するみたいに。
「どうも優先順位変わってしまったみたいね」
「ったく。何をしに僕らはここに来たんだよ」
「ご飯を食べに来た、じゃない?」
最高の皮肉だ、と笑いたくなる。
かぶりを振れば振るほどに、頭が重くなってしまい、頭を抱えてしまう。
溜め息をこぼすだけで痛みが和らいでくれるなら嬉しいんだけど、頭痛は酷くなっていく。
「……でも、どこかの店に身を隠すのもいいと思うけど」
リナの提案に、エリカの頬が緩み、明るさが戻っていく。
子供みたいにコロコロと表情を変える姿に言葉を失う。
安堵するべきか、リナに憎しみをぶつけると、リナは僕らとは違う方向を見据えていた。
被ったフードの裾を引っ張る仕草にハッとして、リナの視線の先を追った。
奥歯を噛み、息を呑んでしまう。
町を歩く住民のなかに紛れ、全身を隠すように裾の長いマントを羽織った者が三人、町角に立って話していた。
マントで隠しているつもりだろうけど、腰には剣を携えているし、青い服がマントの隙間からのぞいている。
「……“蒼”か」
「……ねぇ、ご飯は?」
その日の夜。
ある店の軒先で荷物を受け取ったとき、隣で釈然とせず、唇をを尖らせながらこぼした。
もうこれで何度目の文句なんだ。
呪文みたいにぼやくエリカに、溜め息がこぼれそうで嫌になる。
「ご飯は買ってるだろ。見えないのか、これが?」
僕の両手には袋一杯のご飯を抱えていた。
宿屋に辿り着けても、飲食店辿り着くことはなかった。
町には大きな飲食店がなかったこともあるけれど、町に“蒼”の姿を見つけ、警戒を強め、目立ったことをするべきじゃない。
と、リナの提案で宿に身を隠すことにしていた。
飲食店で大見得切って食事を摂れないエリカは、満足できる食事にありつけなかった苛立ちから、さっきから何度も責められていた。
一応、手にしているのは食事なんだけどな。
早く宿に戻らなければ、今度はリナから叱責されそうで怖いんだけどね。
“蒼”らに追われているリナは、宿で身を隠していた。だからこそ、急かされているのだけど、それはエリカには通用してくれそうにない。
「君ら、それだけの食料、今からどこかに旅に出るつもりかい?」
憎らしいエリカの視線から顔を逸らしていると、店先で商品を手渡してくれた定員が、僕らの荷物の多さに驚き、目を丸くして荷物マジマジと見てきた。
「えぇ、まぁ……」
やっぱりはたから見れば、両手に抱えている食料は旅に備えた量になってしまうのだろう。
だが、違うと強く否定をしたい。違うのです。
隣で不満げに鼻を擦り、さらに買うべきか悩んでいるこの女の子の腹に収められると思いますよ、ほぼすべて。
でもここは、頷いておいた。
「でも、気をつけた方がいいよ」
荷物を整えていると、定員が顎を擦りながら、渋い顔をした。
「何かあるんですか?」
茶化すつもりで言った様子でもなかったので、つい問い返していた。
すると、店員はカウンターから身を乗り出すと、空を眺めた。
陽は落ちているのだが、星は輝いていない。きっと重い雲が流れているのだろう。
「この辺りは天気が優れない日が多いからね。今日の昼間だったら、タイミングがよかったんだろうけどね」
「今日って、別に明日でも大丈夫でしょ?」
天気のことを言っているみたいだけど、言っている意味がわからないでいると、店員は大げさに手を振った。
「あぁ、そうか。君らは旅の人らだから知らないだろうけど、この辺りは天候が優れないのが普通でね。だから時々ある晴れの日を上手く利用するのが当たり前になっているんだ。ま、深く気にすることはないだろうけどね」
あっけらかんと笑い、冗談っぽく喋る店員に、「どっちだよ」と問いたくなるけど……。
「それって、幻高森が原因なんですか?」
天候が関わっているとするならば、思い当たる節はそれぐらいなく、聞いてみるのだけれど、店員の表情はあまり晴れてはくれない。
「何かあったんですか?」
……テンペスト、だろ。
けど、僕は信じられないよ。
ここで腹が減った、なんて……。




