第三部 第一章 3 ーー 歪み ーー
百四十話目。
別に悪いことなんてやってない。
私たちは犯罪者じゃないのに。
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リナから事情を聞いたからとはいえ、村長から直接話を聞くのは初めて。
少なからず緊張せずにはいられない。
何しろ、長老の屋敷に戻ると、まるで犯罪者みたいに連行されると、一番大きな部屋に連れられてしまった。
「……またここ…… 嫌な予感しかない」
大きなテーブルに三人が並んで座り、隣のエリカが顔を背けて憤慨する。
リナも手持ち草なのか、銀髪の三つ編みをさっきからいじっている。
黙っているのはやっぱり怒っているのか……。
まさか、僕の知らないときに問題でも起こしたのか?
だから、二人とも不機嫌……?
部屋にはあとはミントだけが残り、これから来るであろう長老を待っていた。
二人はすでにここに来たことがあるのか、落ち着いている。
僕だけが緊張している。
頼むから、暴れないでほしい。特にエリ…… いや、暴れるならリナか。
正直、喉が痛いぐらいに乾燥している。ちょっと水分がほしい。
叶わない願いではあるだろうけど。
「ねぇ、この前、あなたの隣にいた男の子はどうしたの? このところ見ていないけど?」
忙しなく動くミントを止め、聞いたのはリナ。
やはり僕の知らないところで何かあったのだろうか。
「あぁ、チノですか。あいつは薬を持って町に行きました」
「薬?」
リナの指摘に億劫になったのか、渋い表情を浮かべるミント。
事情がわからず僕が聞くけれど、面倒なのか手の平で制されてしまう。
リナは有無も言わさぬように、眉間にシワを寄せている。
僕の意見は受け入れられそうになく、唇を噛んで無言の抵抗をしてみた。
無駄だったけれど。
「あの後、多くの花が入ったから。それで何人かが町に出て行ったんです」
あの洞窟に咲いている花が薬になっているとは聞いていた。
それを話すミントの表情はより明るくなっていた。
この子だけは僕らに対して、一番警戒心が薄れてくれているので、気持ちは軽くなっていた。
町に何を? と聞こうとすると、ミントの頬が強張り、途方もない方向眺めた。
「……また大人数連れてくるみたいね……」
途方に暮れていると、リナが耳元に手を当て何かに注意した。
リナの眉をひそめていると、部屋の外から数人の足音が近づいてきた。
二人とも足音に気づいたのか、と納得していると、入口が開かれた。
最初に屈強な男が入り、後ろから一人の老人が続き、その後ろにまた二人の男が続いた。
腰が曲がり、杖で体を支えた老人。
白髪を束ね、深いシワのせいか、目が開いているのかさえ微妙である。
部屋に入った途端、僕を睨んだのだけは気づいた。
まるで三人の男に守られているみたいに部屋に入り、大きなテーブルを回り込んで進み、僕の前に腰を下ろした。
男の影響もあるせいか、老人からは異様な圧力を感じてしまう。
これが風格ってやつなのか……。
すごい威圧感だよ。
何を話すべきか躊躇していると、より口内の水分が奪われてしまい、喉の奥が痛い。
「さて。体の方はもういいのか?」
長老の顔がすっと上がると、小さくても鋭い声が飛んでくる。
声が胃の奥に直接刺さり、舌を噛みそうになる。
「……はい。おかげさまで」
萎縮してしまい、一言返すのが精一杯である。
「……そうか。それは何よりだ」
これまでの状況から強く叱責のかと身構えていたけれど、それ以降長老は何も言わない。
責められずに安堵するけれど、どこか拍子抜けでもあった。
これ以上何も言えず、黙るしかなかった。
長老の後ろで、後ろ手で立つ男の威圧のせいか、部屋の空気が淀んで肌にへばりついて痛い。
やはり責められているのと同じだ。
「さて。我々からも、もう一度話しておくべきだな」
「それって、“アイナ”のこと? それとも“ワタリドリ”についてですか?」
話が掴めずにいると、リナが口調を強くする。
はっきりとはしているけれど、節々に警戒心を漂わせているのは伝わってくる。
「安心せい。もうお前たちを責める気はない。あの大剣を使い、鍵を開けても問題は起きておらぬ。お前たちが純粋にその男を助けたいことは理解した」
目線が動いたのはわからなかったけれど、長老がエリカとリナを捉えているのはわかる。
僕が意識を失っているときに、話をしていたのだろう。
「わしらはあの大剣は、“歪み”を鎮めると聞いていた。“歪み”を整える鍵であると」
……歪み?
話の本質が掴めない。
いきなり“歪み”と言われて、咄嗟に浮かぶものは……。
「……テンペストのこと?」
弱々しくエリカが問うと、長老は無言で顔を伏せた。
「それもその一つ…… かもしれん。あの大剣はその“歪み”を鎮めようとタシギが研いだと聞いている。それがアイナ様の意思に同調するようにと」
「でも、あなたたちはアイナと決別したんじゃないの?」
「結果としてはな。だが、争いを鎮めたいのは同じだとハクガンは嘆いていた。見据える場所が変わっていったと」
リナの問いに長老は嘆く。
タシギにハクガン? 人の名前か?
「……そもそも、なんで争いなんて……」
「我々は元々、戦争に巻き込まれた、というのが正しいのかもしれないな」
「……巻き込まれたって?」
話が逸れていくことに疑問が生まれ、口が開いていた。
「そもそも、“ワタリドリ”は戦争を起こした二つの国とは関わりを持つ者たちではなかった」
「それって、第三国があったってこと?」
以前、先生の元で聞いた話と少し違っていることに、眉をひそめてしまう。
疑念を声に出したのはリナ。
椅子に凭れて背を伸ばし、悠然とした態度で長老を見据えていた。
どこか敵意すら漂わすリナに、長老の後ろで佇む男が怪訝に眉をひそめた。
長老は動じず、手を上げて二人を制する。
「ワタリドリはどこかに身を留めぬ遊牧民みたいなもので、世界を渡り歩いていた。だけど、戦争が深まるにつれ、それを許してはくれなかった」
「許してくれないって、なんでそんな」
自分の知らない時代の話。でもどこかでしこりが胸を突いて頭を抱えずにはいられない。
「……何かワタリドリに理由があるんですか?」
髪を撫でていた手が止まると、抑えていた疑問が口を突いて出ていた。
リナは依然、難しい表情を崩さず、長老を睨んでいるし、エリカは……。
途方もない方角を眺め、瞬きをしている。
ったく。こいつは何をやってるんだよ……。
「それはアイナ様にーー」
刹那、エリカが席を立つ。
「来るかもしれない……」
思い詰めた様子の長老の声を遮るエリカ。
みんなの注目が集まるなか、意を介せず、辺りをキョロキョロとしている。
突然のことに騒然とする男二人。戸惑うなかで僕とリナは顔を見合わせた。
僕らの表情は晴れることはない。
無言のまましばらく思案した後、すぐさまエリカに顔を向けた。
「……でも、ここには幻高森があるでしょ。それじゃないの?」
リナは首を傾げるが、エリカはかぶりを振る。
「ううん。感じるのはまた別の場所だと思う……」
「……違う場所」
どこかに強いものがあるのか、エリカは一点をじっと見据えていた。
どこか敵意を剥き出しにして。
「……またテンペスト?」
この扱い……。
そう捉えたって仕方ないよな。
……でも。




