第二部 第七章 7 ーー 誘われて ーー
百三十三話目。
リナ。
久しぶりって言えば、いいのかな、この場所も。
7
空耳なんかで終わってほしくなかった。
キョウが助かって安堵しているとき、その声が風に乗って耳に届いた。
瞬間、心がざわめいて抑えられなくなった。
体が勝手に動いていた。
「ーーアネモネッ」
幻高森に隣接した忘街傷に飛び出したとき、反射的に叫んでしまった。
忘街傷の中央で、こちらに背中を向けて立っていた人影に。
黒い服装。
以前に再会したときと同じ背中に足が急にすくみ、止まってしまう。
「……鍵を開けたんだね」
懐かしい声が心を揺さぶる。
ゆっくりと振り返った人物は、やはりアネモネだった。
容姿は変わり、刺々しさを漂わせるのは前回と同じ。
それでも、どこか寂しさを漂わせる眼差しは心を震わせた。
遠く感じてしまうアネモネなのに、なぜだろう。
懐かしい。
私と同じ銀髪。
好奇心に満ち溢れている大きな瞳。
今は寂しそうに揺らいでいても、奥底に秘めた光を見逃さない自信がある。
つい笑みがこぼれてしまう。
この距離がもう縮まらないような、不安に駆られていたとしても。
そこにいるのはアネモネ。
「私はただキョウを助けたかっただけよ」
「……そう。でも、鍵を開けたことに変わりはないわ」
どうすればこの距離を埋められるの?
私が手を差し伸べても、アネモネは突っかかる。
それも、どうも嘲笑するようにして。
「ねぇ、アネモネ。あなたの目的はなんなの? もうアンクルスに行く、じゃないんでしょ?」
まだはっきりと聞いたことがなかったので、気づくと口から出ていた。
唐突な問いにアネモネは一瞬戸惑った後、腕を組んだ。
「帰るためよ」
「ーーでも、それはアンクルスじゃないんでしょ」
そうじゃない、と否定してほしかったけれど、アネモネはどちらとも取れない儚い笑みをこぼすだけ。
でも、わかってしまう。
きっと、目指している場所は私と違う。
方向が違うことに計り知れない喪失感が体を痛める。
「……そう」
こぼれた声は、諦めでもあった。
「じゃぁ、これを渡しておくわ」
と、背負っていた大剣を突き立てた。
「いいの? それはリナにとっても大事になると思うけど? それに重いし」
驚くアネモネに、かぶりを振った。
「よく言うわよ。この前だって簡単に扱っていたでしょうが。それに、なんかその方がいいような気がするから」
嫌味を言うと、アネモネは唇を尖らせておどける。
大剣を差し出すと、唇を尖らせたまま思案した後、「わかった」と大剣を受け取る。
きっと大剣を渡してしまえば、それですべて終わってしまいそうな気がした。
自分から提案したはずなのに、手を放すことを躊躇ってしまう。
「ねぇ、リナ。私と一緒に来ない?」
うつむきたくなるなか、予想していない言葉に目を見開いた。
アネモネは意外なほどに真剣な表情をしていた。
「よく言うわよ」
出るのは嫌味でしかなかった。
でも、嬉しかった。
本気で私を誘ってくれるんだと。
自然と笑みがこぼれた。
アネモネ。
何、言ってんのよ、こんな場所でまで……。




