第二章 1 ーー 奇妙な感覚 ーー
始まるんだ、十三話目。
でも、お腹減った。
第二章
1
地図とずっと睨み合いをしなければいけないとは思わなかった。
向かうべき町の名前はわかっているのだけれど、道筋がわからない。
「お腹減った」
頭を抱えていると、途方もない声が耳元で騒いでいる。
「さっき魚食べただろ。もう少し我慢しろ」
「昨日からずっと魚じゃん。もう飽きた」
「飽きたぁ? だったら、その辺になってる木の実でも食べてろ」
「はぁ? 私はリスじゃないのよ。そんなことできるわけないじゃんっ」
あぁ、もう、うるさい……。
頭の周りを飛ぶハエみたいな声に顔を上げると、道の脇にあった石に座り、膝の上で頬杖を突いているエリカ。
腹が減っているなら、なぜ文句が止まらないんだ、と言いたいほどに、こちらをじっと眺めて文句を吐き続けている。
カノブの町を出て三日が経っていた。
リキル。
次に向かう町。
どこかで迷ってしまったのか、今いる場所が地図と一致せずに頭を抱えていたのである。
正しい道筋を指で探していると、それを邪魔するようにエリカの声が降り注いでいたのである。
「もぉ~っ、あったかいご飯が食べたいっ。それにお風呂も入りたいっ」
エリカの文句は止まらない。
「だったらどっかに川があるだろ。そこで水浴びでもして来いっ」
もう我慢の限界みたいだ。
途方もない方角を指差して怒鳴ってやった。
「はぁっ? 何それっ。そんなこと言う? 普通っ」
そこでエリカは自分の体を抱きしめるように、両肩に手を当て、眉をひそめると、体をクネクネと揺らしてみせた。
わざとらしく目を細め、エリカの体を舐めるようにじっと眺めた。
「何よ、それ」
「大丈夫。お前に魅力を感じる男はーー」
刹那、僕の頭上に拳が降り注いだ。衝撃で舌を噛みそうになる。
「ったいなっ。あのな、僕は道を調べてるんだ。少しは静かにしろっての」
「うるさいっ。デリカシーのないこと言ったくせに偉そうに言うなっ」
エリカは頬を赤らめ、睨んでくる。
「大体、キョウが方向音痴なだけでしょ」
容赦ない叱咤に頭を抱えてしまい、かぶりを振ってしまう。
「だったら、お前が道を選べよ。道わかんのかよ」
つい啖呵を切ってしまった。
すると、エリカは急に黙り込み、蔑んだ冷たい目を光らせる。
できるわけがない、と鼻を鳴らしてみると、何かを含んだ不敵な笑みをエリカは浮かべ、「いいよ」と奇妙なほどに軽々しく受け入れてしまった。
途方に暮れ、口がだらしなく開きそうになる。
「だって私、感じるもん」
立ち上がると、腰に手を当てて、得意げに胸を張ってみせた。
まったく憎らしい態度である。本当に。
いや、それはわかってはいるのだけれど……。
突拍子のないことを言うと、エリカは一度背伸びをして、二手に分かれた道の左側に体を向ける。
そこで「こっち」と指差して、迷わずに歩き出してしまった。
「なっ、ちょっ、待てっ」
本当に身勝手な奴である。
まだ調べていた地図は地面に広げたまま。
慌てて仕舞って荷物を背負うと、ズカズカと進んでしまったエリカを小走りで追った。
エリカは奇妙な感覚を持っていた。
それはテンペストを感じること。
時折、テンペストを感じ、それを追うことが何度かあった。
もちろん、百発百中とまではいかない。
時には空振りに終わることもあるけれど、何度かはテンペストに襲われ、閑散とした町や場所に辿り着いたこともあることは事実。
だからこそ、エリカの言うことを邪険にすることはできないのである。
だからって、今日ばかりは素直に感心なんてできない。
何せ、僕の苦労をバカにして突き進んでいたのだから。
歩き始めて三十分ほどしてからだろうか。道は次第に細くなっていき、足場も悪くなり、砂利や石が転がるあぜ道になっていた。
思った以上に田舎なんだな、と感じていると、前を歩いていたエリカの足が止まった。
「着いたか?」
エリカの視線の先を眺めると、道が開けていた。
「マジかよ」
悔しさが口を突いて出てしまった。
目の前に町が広がっていた。
「まさか、本当に行き当たるとは。なんかムカつくな」
渋い顔を浮かべながら「う~ん」と唸り、首筋を忙しなく掻いた。
「でしょ。私を舐めないで。でも、素直に喜べないよね、これだと」
町を当てたことを喜ぶわけでもなく、険しい表情を崩さなかった。むしろどこか憎らしめに眺めている。
「まぁ、そうだよな、これだったら」
壊されている。
と表現するのが的確なのかもしれない。
目の前に並ぶ住宅は崩壊していた。
「……テンペスト?」
でも、店はなさそうだな。
今日より第二章の始まりとなります。
新しい旅になります。
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