第二部 第七章 3 ーー アイナに敵はいない? ーー
百二十九話目。
キョウを助けるためなら、手段は選ばない。
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「アイナの願い?」
アネモネは言っていた。自分の目的はアンクルスを見つけることではない、と。
「そうだ。アイナ様の願い。それはこの世界を救うこと。争いをなくすこと」
争い? それはローズとのことを言っているの? でも、あれは表に出ていないはず……。
なら、敵は誰?
「争いって、アイナの敵は多いってことよね。それをなくそうとしている。それって、悪いことなの?」
あくまでこちらも事情を把握している。と思わせるため、言葉を選んでしまう。
不安から口調は強くなってしまうけれど。
「アイナ様にとって、敵はおらぬ。ただ争いを止めたいだけだ」
アイナに敵はいない? じゃぁ、争いって……。
「ただ、今の時代、争いは根絶していなくても、世界は成り立っている。多少の犠牲を払っていても、平穏は流れている。
そこで鍵を開けることによって、世界に歪みが生まれることは、新たな災いを生みかねない。
それならば、鍵を開く必要はない、と我々は思っている」
きっと村長は、村人全員の信念を伝えたかったのだろうけど、私はつい笑ってしまう。
「何が可笑しい?」
「いえ。あなた方の信念を笑ったわけじゃないわ。つい最近、似たようなことを聞いたことがあったから、ついね」
ローズとのやり取りが浮かび、耐えられなかった。
「でも、あなたたち“ワタリドリ”なんでしょ。“ワタリドリ”はアイナの思想に従うんじゃないの? ミサゴがそう言っていたわよ」
これは賭けでもあった。村人が私らはアイナと関わりを持っていると考えていそうで。
「……ミサゴか。確かに“ワタリドリ”はアイナ様に追随するのは当然かもしれぬ。それでも、時間の流れが我らとアイナ様との間に歪みを生んだのだろう」
「じゃぁ、あなたたちは“ワタリドリ”じゃないの?」
「我々はワタリドリの一部だ。アイナ様に対しての信念は忘れておらぬ。ただ、願いに迷いがあるだけで」
「ーーそんなのどうだっていいっ」
疑問が強まるなか、エリカの大声が話を裂いた。
「そんなことより、キョウを助けてっ。早く」
そう、そうよ。
今はアイナの思想なんてどうでもいい。
「悪いけれど、私たちはアイナとは無関係よ。ただ、キョウを助けたいだけ」
エリカの腕により力がこもり、力強く頷いた。
「だから、それがダメだと言っている。言っただろう。鍵を開き、歪みを生むわけにはーー」
「ーーうるさいっ」
断固として動じぬ村長に、エリカはおもむろに立ち上がり、叫喚した。
仰々しく村長を睨んで。
エリカの叫びがきっかけになったのか、いつの間にか、私らの周りを男どもが囲っていた。
「リナ、ナイフ貸して」
仰々しく睨むエリカがふと、右手を出してきた。
「力ずくでもキョウを助ける」
力強い声が、エリカの覚悟を表していた。なんの躊躇もしていない。
刹那、勘違いしていたんだと痛感させられた。
これまで、キョウの後ろに隠れ、自分の意思を尊重せず、成り行きに身を任せる気の弱い子だと思っていた。
食事にだけ興味があって。
でも、今はまったく臆することなくキョウを助けようとしている。
それとも、キョウに依存している?
それなら危ないわよね……。
「待って、エリカ」
今にも村長に飛びかかろうとするエリカの腕を取り、立ち上がった。
「なんで? キョウがっ、キョウがっ」
「わかってる。だからよ」
より私の腕を引っ張り、抵抗するエリカを支え、村長に体の正面を向けると、大剣に触れる。
一気に周りに緊張が走る。
そんななか、大剣を村長に差し出すように滑らせた。
大剣から手を放し、
「私たちはアイナとは無関係よ、何回も言うけれど」
「なら、なぜその大剣を持っている?」
「信じて。私たちはキョウを助けたいだけっ」
それまで感情を抑え、ゆっくりと話していたけれど、一気に声を張った。
村長の顎が上がり、細い目で睨んでくる。
「だが鍵を開き、歪みが生じーー」
「それはお互い様だと思います。何も起きないかもしれません。お願いです」
ここは強行に出るのは不利な気がして、頭を下げた。
「リナ、なんで……」
「何も力ずくにすることなんてない。私たちは悪いことなんてしない。そうでしょ。ここで暴れたら、リキルを襲ったカサギと一緒になる。だったら、気持ちを伝えるのも大事よ」
戸惑うエリカに小声で諭すと、しばらく考えた後、エリカも頭を下げた。
しばらく静寂がのしかかる。
「アイナ様と関係がないなら、町の追っ手か? 生け贄だった子らを取り返しに来た」
「それとも関係ありません」
「信じられるかっ」
男たちの罵倒が刺さるなか、顔を上げた。
目が男たちと合うと、萎縮して目を逸らす男たちもいた。
村長だけがずっとこちらを睨んでいる。
「もし、お主らが鍵を開き、歪みが生じれば、どう責任を取るつもりだ?」
「そのときはあなたたちの好きなようにしてください。私たちは抵抗しません。いいわね、エリカ」
エリカも無言のまま頷いた。
あとは信じるだけ、と頭を再び下げて目蓋を閉じた。
頬に触れる風が痛かった。じっと待っている時間がとてつもなく長くてもどかしい。
「……ここは我々にとって最後の砦でもあるんだ。あの人が作ってくれた。アイナ様を想いつつも、自分らしく生きていいんだ、と。だから失うのを恐れていた」
村長の言葉は、これまで以上に、重く肩にのしかかる。
「……ここに助けを求めてきたのは、お主らも同じか……」
じっと聞いていた目蓋を開いた。
「何かが起きれば、お主らの命はないと思え…… 好きにしろ」
聞き間違っていたか、と顔を上げると、相変わらず感情の掴めない村長の顔とぶつかった。
村長は踵を返し、背中を向けて屋敷へと歩き出す。周りにいる男たちの方が動揺を隠せず、村長の後を追った。
「ーーあのっ」
遠ざかる村長の背中を止めてしまう。
「あの、あなた方をここへ連れて来たって人は、セリンですか?」
ずっと、引っかかっていたことを聞いた。
キョウとエリカのこともあり、可能性があると。
「いや、違う」
足を止めた村長は振り返り、
「ハクガンだ」
ちょっと待って。
今は耐えるところよ。




