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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第七章  2  ーー  窪み  ーー

 百二十八話目。

   私は諦めたくない。

           2



「……ワタリドリを知っているの?」

「我々も志をともにした者の末裔だからね」


 背筋が伸びてしまう。

 どうも、私よりも事情を知っているようだ。

 本当なのかは別として、どうも後手に回っているわね、悔しいけど。


「じゃぁ、ミサゴやアネモネのことも?」


 ちょっと踏み込んでみよう。


「ーーアネモネ? そういう名前は知らない。そいつは?」


 ミサゴは知ってるってこと……。

 ……と、なら、アイナって名前も伏せた方がいいってこと?


「いえ。ごめんなさい。こっちの勘違いみたい」


 さて、どうしようか。墓穴を掘ったかもしれないわね。

 アネモネの名前を出した途端、目つきが変わった。

 一気に警戒心が強まった。


「では、お主はその大剣を持っていて、何をするつもりなのだ?」

「……私の目的は……」


 アンクルスを探している。

 と答えることを躊躇してしまう。はたして、この村の人らはどちらの因子を継いでいるのかがわからなくて。

 祭りの生け贄に対して反感を抱くことは、どちらにも取れてしまうから。

 さて、どうする、と自問していると、ふと辺りを見渡してしまう。

 何かが聞こえた気がした。


「どうかしたかね?」


 ーーリナッ。


……エリカ?


「すいません。ちょっと失礼します」


 確かに聞こえた。

 表からエリカの切羽詰まった声が。

 慌てて大剣を握り、部屋を飛び出した。

 エリカはずっとキョウのそばにいたはず。

 それがここで聞こえるのは、何かがあった証拠。

 心が騒いでしまう。



 村長の家を飛び出し、洞窟の方角を眺めると、そこにはエリカがしゃがみ込んでいた。


「エリカッ」


 すぐさま駆け寄り、肩に手を触れると、思いのほか震えていた。

 様子からして、全力で走って疲れたからなのか、何かがあっての動揺なのかはわからない。

 息を荒げるエリカは、私に気づくと、すぐさま私の腕を掴み、


「キョウがっ。キョウがまた急に苦しみ出して」


 発狂するエリカの目は、真っ赤に腫れて充血していた。

 すでにずっと泣いているみたいに。

 腕を掴む手に力がこもるほどに、声が震えていく。


「苦しん…… そんな、じゃぁ、回復してないってこと?」


 詰まる声に、エリカは壊れたみたいに「わからない」と繰り返すだけ。

 嘘でしょっ、と顔を上げ、洞窟の入り口を眺めた。

 思わず唇を噛んでしまう。

 何かをしなきゃ、と意識が全身を走るのだけれど、すぐに体が固まってしまう。

 騒ぎを聞きつけた村民が集まり出していた。

 誰もが邪魔者を蔑むような冷たい眼差しで。

 そのなかで一人、申しわけなさそうに、うつむいている子が近寄ってきた。

 ミントである。


「ねぇ、ダメってことなの?」


 別にミントに責任なんてない。

 それでも、つい叱責するように口調が厳しくなる。

 ミントは答えず、ずっとうつむいている。

 救いの手が差し伸べられず、エリカは身を丸めてうずくまり、体をより震わせる。


「泉の命が枯れようとしているからだろう」


 為す術なくエリカを支えていると、後ろから擦れた声が届く。

 振り向くと、杖で体を支えながらも、腰を酷く曲げていた村長が立っていた。


「どういうこと?」

「あの泉には不思議な力が昔からあり、あの洞窟で咲いた花は病気を祓ってくれるとして、村を助けてくれた。だが、泉自体が命が尽きようとしているのだろう。だから、効力がない」

「じゃぁ、どうすれば?」

「諦めるんじゃな。泉の命を回復させない限り、効力は見込めないのだから」


 村長の断言は、神の裁きにさえ思えた。

 無慈悲であり、抗うことを許さない残酷さを滲ませていた。


「ーーそんなの絶対に嫌っ」


 村長の判断に、周りの者が頷いてだまるなか、張り詰めたエリカの声が轟いた。


「絶対にキョウは助けるっ」


 神の判断に抗い、エリカは村長を睨みつけた。


「教えて。じゃぁ、泉を生き返らすにはどうしたらいいのっ」


 エリカの懇願に村長は残酷に首を振る。

 ……泉を生き返らせる……。


「……そんな。じゃぁ、キョウは? このまーー」

「ーー待って」


 絶望に打ちひしがれるエリカを、私は制する。


「あるかもしれない。泉を生き返らせる方法」


 唖然とするエリカを眺めた後、視線を横に移し、地面を見下ろした。

 地面に置いていた大剣を捉えるため。




 本当は思い出したくなかった。

 あれはアネモネと別れる前、テネフ山でのこと。

 あそこも枯渇し、水質が汚染されていた湖があった。

 そして、私たちはアンクルスに繋がると信じて石の窪みに大剣を刺して回した。

 結果的にアンクルスへの入り口ではなかった。

 それでも、汚染されていた湖は綺麗に浄化されていた。



 さっき気づいた。

 あの泉には、テネフ山と同じ石の窪みがあったことを。


「……あれにこれを刺して回せば……」


 憶測でしかないかもしれない。

 でも、微かな期待を言うと、曇っていたエリカの目に光が甦り、唇を噛んで泣くのを堪えた。


「ーーならぬ」

「ーーえっ?」

「鍵を開くことは許さぬ」

「なんで?」

「我らはアイナの願いに不安を抱いている」

 そうね。

  でも、やろうとすることは賭けよ。

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