第二部 第七章 1 ーー 存在意義 ーー
百二十七話目。
私たちって、邪魔者なの?
第二部
第七章
1
微かな期待に胸が熱くなる。
頬が緩みそうになると、どこか空気の音が変わっていくことに気づいた。
地面をけたたましく踏む音が耳を痛めていると、唇を噛んでしまう。
私らとは年の変わらなそうな、男女が目の前に二人、立っていて。
兄妹だろうか。
男は目つきの鋭い、細い男で、女は黒髪が長い子だった。
ミントの兄妹なのか、男は腕を組んで悠然と立ち、ミントを睨んでいる。
二人に気づいたミントは、萎縮して首をすぼめている。
「離れろっ、ミントッ」
急に男が叫び、ミントはビクッとする。
いきなり睨まれてしまい、つい睨み返した。
結局、こうなるのよね。
どうも、田舎になればなるほど、住民の結束力は強くなっている気がする。
きっと私たちは異物なんでしょう。
ほんと、溜め息がこぼれそうになる。
「……その人、追っ手?」
滅入るなか、女の子の怯えた問いがミントに向けられ、ミントはかぶりを振る。
「追っ手? なんのこと?」
ミントは小さく頭を下げ、男らの元に駆け寄った。
は~ぁ。やっぱりこうなるのよね。異物とされた私が除け者にされる……。
「追っ手って、なんのこと?」
「お前に言う必要なんてないだろ」
当然よね。でも何かを隠して…… いえ、髪の長い女の子を見てると怯えてる?
「……私たちは元々、生け贄だったので」
「……生け贄?」
ミントが静かに話すと、男がチッと舌打ちをし、
「まずは村長のところに来い。話はそれからだ」
男は有無もなく話を進めようとする。
見た目では大した体格じゃない。黙らせるのは簡単よね。でもーー
洞窟の入り口を振り返った。
あの二人のことがある。
ここで逆らうのは面倒かな。
大人しく従い、連れられてきたのは村のなかでも一際大きな家であり、その一室。
大きなテーブルを挟み、一人の老婆と向き合った。
真っ白な髪を後ろで束ねている。私とは違い、白髪だろう。
目蓋が落ちそうに垂れていて、見えているのかと疑いたくなるほど、シワが深かった。
「……村長です」
と、老婆の隣に立ったミントが震える声で言う。
どうも、この場の雰囲気に呑まれて緊張していそうだ。
部屋には物々しい空気が漂っていた。
きっと私は犯罪者扱いされているのだろう。
私の後ろでは、屈強な男が二人、腕を組んで立っている。
逃げないように見張っているのだろう。
まぁ、大剣は奪われず、テーブルに立てかけているだけだし、逃げるのは容易だけど、ここはまず情報を得ないと。
「お前はなぜ、この村に?」
喉が擦れてはいるけれど、はっきりとした声が届く。
「仲間が毒にやられました。回復の見込みがなく、途方に暮れていたときに彼女に会い、助けてもらったんです」
ミントには感謝している。
だから、できるだけ反感を買わないよう穏やかに答えた。
「それで洞窟に?」
「ーーはい」
嘘は言っていない。
しかし、村長は小さくかぶりを振る。
「そんなことを聞いているのではない。なぜ、幻高林にお主はいたのだ? と聞いている」
「それはーー」
喉が詰まり、ミントを眺めてしまう。
どうも彼女を捜して来た、とは言うべきではなさそうである。
ミントは怯えるように顔を背ける。
「……偶然です。あの場所に忘街傷があることを知らず、発見して立ち寄りました。そのときに仲間が倒れたんです」
できるだけ、ごまかしておいた。
すると、村長はそばにいた男と顔を合わせた後、黙ってしまう。
反応がない様子に考えてしまう。ちょっと踏み込んでみるか、と。
「……彼女は生け贄だと聞きました。それは祭りの生け贄ということですか?」
「お前が問うことではない」
村長のそばにいた男が発狂する。それでも、
「私も生け贄から逃れた者を知っています。教えてもらえますか?」
ここで引くわけにはいかず、真剣な眼差しを村長に向ける。
しばらく睨んでいると、根負けしたように深く溜め息をこぼす。
「ここにいる者の大半がそうだ。元々いた町や村で行う祭りで“生け贄”とされ、命を奪われようとしていた者が逃げて、できた村だ」
「逃げて? それは一人で逃げたんですか?」
「いや、ある者に助けられたりしてここに集められたのだ」
助けられた…… 鼓動が激しくなっていく。
どこかキョウとエリカの境遇に似ていて胸が騒ぐ。
「……誰にですか?」
「それは答えられん」
間髪入れず拒否されてしまう。ま、当然よね。
でも、何か急に核心めいたことに近づけた気がして、知らず知らず興奮してしまう。
「では、次は我々が質問させてもらう」
興奮していたのを見透かされたのか、牽制され、
「お主はなぜ、その大剣を持っておる」
「ーー大剣?」
刹那、部屋にいた者の視線が一気にテーブルにかけられていた大剣に向けられる。
何かを知っている……?
「これは預かっているだけよ」
つい声に力がこもってしまい、大剣のグリップに手を触れた。
「お主はその大剣の存在意義を理解して所持しているのか?」
存在意義……。
「そんな偉そうなことを言うけれど、あなたたちだって知っているの? これがどれだけ重要であるかを」
こちらがすべてを晒す必要もなく、ちょっとカマをかけてみた。
「我々は知っている。“ワタリドリ”のことは」
警戒されてるのね。
でも、今は我慢よ。
えっと、今回より、第七章の始まりみたい。
なので、よろしくお願いします。




