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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第六章  10  ーー  洞窟に  ーー

 百二十五話目。

   嫌なことなんて、絶対に考えたくない。

           10



 自然が織り成す形状だったのか、洞窟に入っていたはずなのに、広がる空洞に陽光が射し込んでいた。

 天井の上部が陥没によって崩れ、大きな穴が空いていた。

 燦々とした陽光によって照らされた地面には、地下水が湧き出ているのか、岩肌の地面に小さな水溜まりが泉みたいに広がっていた。

 水質は清々しいほどに澄んでいて、吹き抜けからの風によって、水面に波紋を生んでいた。

 小さな泉の周りには、洞窟にしては珍しく、草が生えている。

 それは湿気からの苔ではなく、青々とした草がこの空間全体に広がっていた。


「なんか、ここだけ異空間よね」


 素直な言葉がこぼれた。


「ーーここは?」

「ここには、珍しい花が咲くんです。それを煎じて薬としていたんです。昔は絶えずその花が咲いていたらしいんですけど、ここ何十年と咲く時期は短くなっていて。それで、花が咲くと薬としていろいろな町に売りに行っていたんです」


 前にいたミントが上の空洞を眺め、説明する。

 その薬が運よく、タカクマや私の治療に繋がったってこと? でも……。

 息が詰まってしまう。

 辺りに花らしきものは一輪も咲いていなければ、ミントの話では毒に効果はないという。

 やはり、絶望が私の前に立ちはばかり、嘲笑する。


「その人を水のなかに寝かせてもらえますか?」

「ーーえ?」


 泉の淵で振り返ったミントは道を譲る。

 意味がわからず、エリカとともに怪訝に眉をひそめる。

 私たちの疑念を受け入れるようにミントは頷き、


「私たちの薬の元になる花なんですが、それは太陽だけでなく、この地に湧き出る水も関係しているんじゃないかって考えられてるんです。ここの水を吸った花が、治癒力を高めるって」


 そこでミントはしゃがみ、水に手を入れる。


「もし、この水自体に治癒力があるならば、薬で解毒できなくても」

「水に直接触れれば、治るかもしれないっ」

 エリカは頬を緩ませ、声を弾ませると、ミントは力強く頷く。

 霞んでいた視界がじわりと鮮明となり、横を向くとエリカの必死に訴える強い眼差しとぶつかった。

 迷っている暇なんてないわよね。

 わかった、と水の淵に近づき、キョウを水に浸けて寝かせた。私の使っていたマントを丸め、枕代わりとして。

 水自体はさほど深くない。

 布団を被るように首筋まで水に浸かった。

 わかってはいるけれど、容態がすぐに回復することはない。

 まだ息は荒く、汗が引くことはない。

 エリカはキョウに寄り添うように座り込み、じっとキョウの顔を眺めている。

 あとは回復を信じるだけ……。

 でも、それはとてつもなくもどかしくなる。


「……嘘、でしょ……」


 辺りを見渡していたとき、自然と立ち上がり、泉の奥に視線が移る。


 ……そんなことないわよね。


 ただの錯覚だと願った。

 でも泉の中心付近に、何か見覚えのある物を捉えてしまった。

 湖の底に佇む、“一”の形をした穴を……。




 キョウの回復には、それなりの時間がかかるだろうとミントに言われた。

 一度家に戻ろう、とミントが提案するけれど、エリカは頑なにキョウのそばを離れるのを拒んだ。

 そこで私とミントで家に戻ることにした。

 村のことも詳しく聞きたかったから。

 再び暗闇のなかを歩き、洞窟を出たときに浴びる陽光に、また目をつぶりそうになる。

 ミントの家に戻ろうとするとき、ふと村の入り口にそびえる木々を見上げた。

 今思うことは不謹慎かもしれないけれど、考えてしまう。

 ここは忘街傷を抜けた先にある。

 それは、私たちが望んでいる“アンクルス”も同じなんじゃないかと。

 やはり、アンクルスは忘街傷の先にあるんじゃないか、と胸が熱くなった。

 つい期待をしてしまう。

 信じましょ。今はね。

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