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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第六章  9  ーー  ……気にしちゃダメ  ーー

 百二十四話目。

   信じたくない……。

    絶対に……。

            9



 ミントに連れられ、向かったのはあろうことか、幻高森の奥。

 忘街傷にあった、一際大きな石柱の奥から森へと誘われ、足を踏み込んだ。

 幻高森の背は高く、陽光すらも遮る深い枝葉は、漆黒の闇を作り出していた。

 足音だけが、そこに立っているのを自覚させてくれる。

 それほどまでに方向感覚を失う闇が広がっており、悠然と進むミントの背中を追うのがやっとである。

 一人で迷い込んでしまえば、一生出られない自信がある。

 しばらく森を歩いていると、また驚かされた。

 それまで漆黒であった視界が一気に晴れ、光が射し込んできたのだ。

 眩しさに腕で顔を隠し、ゆっくりと腕を下ろすと、今度は呼吸すらも忘れてしまいそうになる。

 目の前に町の光景が広がっていて。

 


 どうやらここは、森の深層部であるらしく、木がない開けた空間になっていた。

 そこにいくつかの建物があり、数人もの人の姿があった。

 建物らは簡素な物が多く、ここは町よりも村に近いらしい。


「こっちです」


 エリカと二人でキョウを支え、村の光景に戸惑っていると、ミントが先導する。


 ーー誰?

 ーー部外者?


 こんなとき、己の敏感さを恨みたくなる。

 鼓膜が痛かった。

 すれ違う人々が好奇な目で私らを眺めていたり、口元を手で覆い、陰口をたたくのがすべて伝わってくる。

 しかも、私たちには容赦なく蔑んだ目を向けて呟くものだから、それらが無慈悲な刃となって胸を裂こうとする。


「……気にしちゃダメ」


 別に動揺していたつもりなんてない。

 耳がよくて聞きたくないことを何度も耳にしてきたことはあり、慣れていたから。

 けれど、横でエリカが静かに呟いたとき、ハッとさせられた。

 今、私は微かに動揺していたと。


「……ありがと」


 そう。気にしちゃいけないんだ。今はそんなこと関係ないのだから。




 連れてこられたのは、一つの小さな家。

 さほど大きくない簡素な一室にあるベッドに、キョウを寝かせた。

 依然として苦しそうで、汗がひいていない。

 熱も一向に下がる様子はなく、懸命にエリカが汗をタオルで拭っているけれど、息は上がったままである。


「やっぱり、病気や怪我だっていう形跡がないから、毒だと思う」


 改めて病状を診てみても、行く着く場所は一緒である。

 為す術がない。


「ねぇ、この村に病院は?」


 後ろに立つミントは力なくかぶりを振る。


「じゃぁ、薬っ。あなた前に薬売っていたでしょ。あれって、なんにでも効くんでしょっ」


 切羽詰まるせいか、エリカの声も上擦っていく。


「あれは今はありません。それに、あの薬は病気や傷には効果はあっても、毒に対しての効果はないんです……」

「……そんな……」


 申しわけなく頭を下げるミントに、エリカの声が震える。


「じゃぁ、助からないの?」


 エリカの途切れそうな、脆い問いかけが苦しい。

 返す言葉もなくて。


「あ、あの」


 絶望にうなだれるなか、ミントの呼び声に息が詰まる。

 振り向くと、ミントは胸の前で両手をギュッと握っていた。


「もしかすれば、可能性はあるかもしれません」

「本当にっ?」


 歓喜の声がエリカから弾ける。




 意識が回復しないキョウを、再びエリカとともに支え、家を出て向かったのは村の奥。

 そこは鋭利な斜面となっており、そこに洞窟が存在していた。

 幻高森と同じく、漆黒の闇を広げている入り口に、ミントは先導する。

 迷っている暇もなく、進むしかなかった。

 多少逡巡する私に比べ、エリカは躊躇なく進もうとする。

 足場も悪く、ゴロゴロと石が転がるなかを進んでいると、次第に明かりが闇を浄化するように足元を照らしていった。


「……綺麗」


 不釣り合いな言葉がこぼれてしまうほどに、目を奪われてしまった。

 この子、確か人見知りだったわよね……。

   ……ほんとに?

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