第二部 第六章 8 ーー ……毒? ーー
百二十三話目。
……何が起きているの?
嘘でしょ、ねぇ、リナ……。
8
後ろで鈍い音がした。
咄嗟に振り返ると、そこにいるはずのキョウの姿が忽然と消えている。
なんで?
事態を読めずに呆然とし、数秒後にゆっくりと視線を落とした。
「ーーキョウッ」
そこには芝に倒れ込むキョウがいた。
声を荒げるエリカがしゃがみ、キョウの肩を揺らす。
キョウは動こうとしない。
「ちょっと何っ?」
慌てて膝を着き、キョウの体に手を触れたとき、その異変に気づかされた。
キョウの手に触れた手がビクッとする。
異常なまでに熱い。
おかしい、とキョウの顔を覗き込むと、異様に汗をかいていた。
眉間にシワを寄せ、額に大粒の汗が浮き上がっており、息も上がっている。
「キョウッ、何があったの? ねぇ、何?」
そばでは動揺からそわそわとするエリカ。
「すごい熱」
額に触れ、見た目通りかなりの熱を持っている。
でも、どうして?
ついさっきまで普通にしていたはずなのに。
何かあった? いえ、そんなことは……。
大体、急にこんな熱が出るなんてあるはずがない。
「ねぇ、リナッ、どうしたらいいのっ。ねぇ、なんとかしてっ」
不安に襲われるエリカが私の肩を激しく揺らしていく。
「……毒?」
急激な体の変化に、思い当たる節はそれ以外見当たらなかった。
でも、何に……。
「ーーローズッ?」
額を押さえて原因を探っていたとき、嫌な予感が駆け巡り、こぼれてしまう。
「ローズって、カストにいた?」
「うん。あいつ、毒を使って人を殺すことを多用するって聞いた。人が苦しんでいくのを楽しむ狂った奴だったから。もしかすればーー」
脳裏に浮かぶのは、カストでのローズとの別れ際。
あのとき、ローズはおもむろにキョウに近づいて……
やってしまった……。
警戒していなかった。
あのとき、ローズが去ろうとしていたとき、大剣が現れ、どこかで意識がアネモネに傾いていたのかもしれない。
もっと警戒しておけば……。
後悔しかない。
「毒って、それじゃ、解毒剤とかないの?」
怯えるエリカに首を振るしかない。
「きっと、この毒はローズ自身が調合した物だろうし、あいつが調合した物しか効かないと思う……」
「……そんな……」
エリカの声が絶望に染まっていくのがわかった。
なんとかしたい。
でも、解決策が浮かんでくれない。
「……何か効く薬なんて……」
薬を手に入れるなら、ローズを倒すしか。でも、それは無理にーー
「ねぇ、あなた、薬持っているんでしょっ」
八方塞がりで頭を抱えていると、急にエリカが発狂する。
普段見せない大声に驚き、振り向くと、エリカはキョウとは逆方向を見据えていた。
ミントのいる場所を。
ミント?
「ねぇ、あなたなら、何かいい薬を持ってるんでしょ。お願い、助けて」
エリカの言動に驚きながらも、ミントを眺めると、体を萎縮させていた。
「お願い、助けて……」
声が震えていくエリカ。
彼女自身、どこか追い詰められるみたいに。
戸惑うミントを見て、エリカが必死になっている意味に気づいた。
確か、彼女は薬を売っていたんだ、と。
「お願い。彼、毒にやられたみたいなの。助けてもらえないかな。様子を診てくれるだけでもいいから」
ここで焦れば元も子もなく、落ち着いて言った。
彼女を怯えさせれば、救いは断たれる。
冷静に穏やかに聞くと伝わったのか、ミントは肩をすぼめながらもこちらにゆっくりと近寄ってくれた。
キョウのそばで膝を着く。
「毒にやられたみたいなの。あなた、何かいい薬とか持っていない?」
キョウの様子を伺うミントはかぶりを振って顔を上げる。
「ごめんなさい。毒に効く薬は持っていません」
期待を打ち砕くミントの返事。
唇を噛んでいるそばで、エリカは震えそうに顔を伏せる。
「やっぱり、ローズを……」
無謀なことを考えていると、ふとミントが私をじっと見ていることに気づいた。
目がとても澄んでいて、まっすぐで綺麗だな、と感心してしまう。
「……あの、その剣……」
ミントの視線がふと背負っている大剣に移った。
ーー何? と首を傾げると、「いえ」と慌てて首を振る。
「じゃぁ、どうしたらいいの?」
エリカの絶望が虚しく散る。
「あの、ついて来てもらっていいですか?」
途方に暮れるなか、ミントの弱々しい声がこぼれる。
「助かるの?」
「わかりません。でも……」
こんなことになるなんて……。
まさか、キョウに代わってここに出たと思えば……。




