第二部 第六章 6 ーー 家 ーー
どうも、最近休めてない。
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「意外と雨が強いんだな」
「うん。多分、遠くでテンペストが起きたんだと思う」
先生の家に戻り、一時間ほどが経っていた。
まだリナは戻っておらず、降りしきる雨を眺めていたときである。
唐突にエリカが物騒なことを軽く言った。
お腹が減った、と言いたげに楽な言い方でエリカは平然としていた。
「大丈夫だと思う。それほどテンペストを強く感じないから。遠くか小さいんだと思う」
平常心でいるエリカの態度に安堵し、胸を撫で下ろしていたとき、家の扉が開く音がした。
しばらくして姿を現したリナ。
全身がずぶ濡れになっており、髪も肌にへばりついていた。
浮かない表情と、ずぶ濡れから、どれだけ街を駆け巡っていたのかが計り知れた。
手には大剣が握られており、願いが適わなかったことも。
だから、何も聞けなかった。
「ごめん。先にちょっとシャワー浴びてくるね」
僕らの戸惑いに気づいたのか、気丈に振る舞うリナであったけれど、すぐに踵を返して逃げるように部屋を出た。
壁に凭れて置かれた大剣が虚しく見えた。
しばらくして戻って来たリナは、表情がスッキリもしていて、どこか清々しい。
「なんか、本当にお前の家みたいだな」
くつろぐ姿に、声がもれた。
「まぁね。昔はよく勉強しながら泊めてもらっていたからね。二階に私の部屋もあるから」
「先生ってお父さん?」
タオルを頭から被る姿にエリカが言うと、恥ずかしそうに笑い、
「みたいなもんね。意外と苦労かけていたし」
昔を懐かしむみたいに、苦笑いをこぼした。
「ーーで、これからどうしようか?」
手を止めると、唐突に聞いてくるリナ。
僕らは急に話を変える姿に固まってしまう。
つい部屋の隅にある大剣を眺めてしまった。
「……アネモネはいなかったわ」
僕の視線を逃さず、聞きたいことを察したのか、リナは弱々しく呟いた。
「でも、確実にあの近くにはいたんだと思う。だから、捜すことは諦めない。それにーー」
そこで大剣を眺め、
「なんだろ、今さらなんだけど、あの大剣は私が持っていてはいけない気がするんだよね」
「でも、あれは元々リナが使っていたんだろ」
初めて会ったとき、大きなケースに入れ、丁寧に扱っていたのを覚えている。
「まぁね。でも今はその方がいい気がしてるの。だから、やっぱりアネモネを捜そうと思う」
リナの新たな決意を聞きながら、ふと壁の地図を眺めた。
「じゃ、これからのことなんだけど」
視線をリナに戻し、
「幻高森に行こうかなって思ってる」
一度エリカの顔を眺めると、エリカは黙って頷いた。
リナは目を丸くしている。
「幻高森にって、タカクマが警戒していたところじゃないの。なんで?」
驚きを隠せず、唇を噛むリナに強く頷いた。
「ベネトで見た女の子、いただろ。確か、ミントって子。んで、その子にエリカが叫んだだろ、トゥルスって名前を。それでミントって子は逃げて」
そこで席を立ち、地図が貼ってある壁に寄った。
「それで、そのトゥルスってのがここに載ってるんだけど、この辺りって、なんか気づかない?」
僕の指摘にリナは首を伸ばし、目を凝らすと「ーーあっ」と声をもらす。
「そっか。この地形を考えたら、トゥルスの名前が書いてあるところって、今の幻高森があるところになるわけだ」
指で地図をなぞるように動かし、ピッと止めると、僕の考えに気づいてくれた。
「さっきエリカに言われて気づいたんだ。それにあそこのそばに、タカクマも知らない忘街傷もあったじゃん。あれも少し気になるし」
「……なるほどね」
と、黙ってイスに凭れた。
言葉では納得しているようでも、どこか顔は浮かないままである。
リナが躊躇っていることに、強く反論はできない。
僕にだって不安はある。
「そりゃわかってるよ。危険があるってことはね。でも、ダメかな。さっき、エリカと話していたんだけどね」
難しい判断であるのは痛感している。だから強要はできず、腕を組んで壁に凭れた。
ただ、天望も少しある。
確か“蒼”と言っていた奴らに、リナの存在は伝わっただろう。
ローズの口振りからして、リナの重要性は低くなったのかもしれないけれど、いつ狙われるかわからない。
幻高森なら多少の間でも身を隠せる可能性がある。
ふと、壁に凭れた大剣を眺めた。
大剣が突然現れたとき、兵士たちの表情が豹変していた。
あの狡猾な態度を崩さなかったローズであっても、動揺していたのを見逃さなかった。
おそらく、あの大剣の重要さは変わっていないだろう。それを隠す意味合いもある。
わかっている。危険を伴う場所であるのは。
「……確かにほかに向かう場所もないし、あそこの忘街傷も気にはなるわね……」
自問自答するべく、リナは口元を手で押さえて固まってしまう。
瞬きを何度も繰り返し、遠くを眺めながら。
「うん。わかった。それにしましょ」
ここで出られないと文句を言うくせに、何言ってるんだよ。




