第二部 第六章 5 ーー 求められる覚悟 ーー
百二十話目。
拒んでいることをするのって、やっぱり嫌。
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そこにあってはならない物があったとき、どうしていいのかわからなくなってしまう。
呼吸すらも忘れ、突如現れた大剣をじっと眺めていた。
それはローズも同じで、ざわめきすらも忘れさせた。
静寂した空間に、砂を踏む音が鳴り、リナは大剣のグリップに手が触れる。
「やるしかないのね」
リナの声が静寂を切り裂き、みなの意識が戻る。
「ーーキョウッ」
リナの呼び声に顔を向けたとき、リナから何かが投げられ、咄嗟に受け取った。
受け取ったのは鞘に入ったナイフ。
返事に困るなか、リナは大剣を軽々と抜き、そのまま大きく振り回し、空を切った。
銀髪を靡かせ、全身で大剣を振り回して踏ん張ると、最後に剣先をローズに向けて構えた。
「やっぱり、これの方が体にしっくりくる」
誇らしげにはにかむリナに対し、ローズは苦虫を噛み潰したように頬を歪ませる。
「……怪力女が」
大剣が現れたのがきっかけだったのか、リナの態度は変わっていた。
いつもの勝ち誇った強気な態度で、争うことも避けられないとした態度で。
「キョウ、覚悟して」
冗談でもなんでもない忠告。
もう逃げられない。
できるならば争いなんてしたくない。
けれど、そんな甘いことを言っている状況でもない。
迷いながらも鞘を抜いたとき、ナイフの刃がぬれた。
僕の迷いを象徴するように、急に雨が降り出してくる。
もう迷ってなんていられない。
ナイフを握って構えた。
後ろに立ち、ずっと僕の服の裾をギュッと握っていたエリカの手が放れる。
エリカの顔は見なかった。
急激に雨足が酷くなっていく。
髪が濡れ、前髪が視界を邪魔しても、ローズから目を背けなかった。
「本気なの?」
「もう迷わない」
争いを回避できる最後の警告であろうが、引くことはなかった。
雨音が広がり、辺りのざわめきが大きくなるなか、ローズは引こうとせず、足をずらして間合いを取っていると、ローズの顔が状況に似合わず綻ぶ。
「面白い」
鼻で笑った後、ローズはおもむろに右手を上げる。
すると、それまで剣を構えていた周りの兵士たちが一斉に剣を収めた。
張り詰めていた殺気が急に消えていく。
「どういうつもり?」
ただ、リナはより警戒を強める。
「気が変わっただけ。それに、今ここであんたを始末したのなら、アカギがまた騒ぐだろうし。それこそ面倒だわ。でも、いずれは始末してあげるわ」
次第に兵士の姿が街に消えていく。
ローズは不敵な笑みを崩さないまま、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
言葉とは裏腹の行動に、再び力がこもる。
じわりじわりと距離が詰められていき、緊張が極限に達したとき、ローズは僕らの横を素直に通りすぎようとする。
ただーー
「あんたはきっと後悔するわよ。私に歯向かったことに」
僕とすれ違う間際、ローズは陰湿に吐き捨てた。
喉に針を刺すような、鋭い言葉に体は硬直し、反論することもできなかった。
しばらく立ち竦んでいるだけで。
ややあって、思い出したように振り返ると、そこにはすでにローズの姿は消えていた。
「なんだったの、あれ」
「ーー私の敵。みたいなものね」
いつの間にか、周りには平穏が戻り、雨音だけが耳を刺激している。
それでも、僕の胸には苦しさが残っていた。
ローズが消えた通路に人影はなかった。
「……それより、これ……」
手にした大剣を眺め、リナは弱々しく呟く。
「……近くにアネモネがいた?」
素直な思いが口を突き、辺りを見渡す。
アネモネらしき人影はない。
突然の雨に驚き、帰路を急ぐ人だけで。
途方に暮れていると、リナはグリップを強く握って、すぐさま地面を蹴った。
ーーおいっ、と止める隙もなく、リナは遠離っていく。
「ごめんっ、ちょっとあなたたちは先生の家に戻っておいて」
「おい、リナッ」
制止することはできなかった。
覚悟…… そんな一言で終わらせたくないんだけれど……。




