第二部 第六章 3 ーー 先生のいない街 ーー
百十八話目。
このままだと、リナが危ない気がする。
なんか、そう思う。
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次の瞬間、エリカがリナの後ろからギュッと抱きしめ、前に回した手をギュッと握り締めた。
「ちょっ、何?」
突然の出来事に戸惑うリナがオドオドとするなか、エリカはリナの背中に顔を埋めるけれど、手を放そうとしない。
「なんか、危ない」
呟くエリカにリナの動きが止まり、エリカの細い腕に手をそっと添えた。
リナはまだ戸惑っている。
「何、焦ってんだよ?」
呆れながら言い、めくられていたフードを被せた。
フードで耳元が隠れたのに気づき、揺らいでいた視線が落ち着いていく。
「ごめん。やっぱり、ちょっと焦ってた」
リナの声がもれる。
決して気が緩んでいるわけではないだろうけれど、リナはフードを被っておらず、警戒がゆるんでいたので被せた。
「……先生が危ないかもしれないの」
「どういうことだよ?」
それまで気丈にしていたリナであるけれど、今はすぐにでも倒れそうに目が泳いでいる。
「さっき言ったでしょ。色白の細い女がいるって。そいつには一人だけ見当がつく人物がいるのよ」
「マジか」
声が詰まりそうになるなか、エリカも抱きついていた体を放し、恐る恐るリナの顔を伺った。
リナは一度頷き、
「多分、そいつはローズって人物だと思う」
「ローズ? ローズって確か、タカクマの隊長とかって」
「そう。それであの集団では一、二を争うほどの狡猾な人間なのよ。それこそ、カサギなんて比べものにならないほどに」
カサギと聞いて、唇を噛んでしまう。
「……だから怖いんだよね。なんか、アネモネもそうなんだけど、私の周りの人が次々離れていくのが……」
そうか、とも一言も出なかった。
短い言葉のなかに、先生がいなくなり、どこか必死になっている姿に懸念を抱いてしまう。
それでも、少しその苦しみがわかった気がした。
またエリカはギュッとリナの体を抱きしめた。
「とりあえず、もう少し捜してみよう。もしかすれば、ほかに誰か目撃してる人がいるかもしれないし」
これ以上のことは言えなかった。
上辺だけの励ましなんて、逆に残酷な気がしてしまったから。
リナはまたエリカの腕にそっと手を当て、小さく頷いた。
本当にただ外出しているならば、とどこか願っていたのだと思う。
そうでなければ、街の人がこれほどまでに平静にいられない、と考えてしまう。
活気に満ちた住民を見ていると。
一人…… 二人…… 三人……。
「どう思う?」
ふと通路で足を止め、顎を擦りりながら聞いてしまう。
「……三人?」
「ーーそう? 私は五人かも」
三人がそれぞれ三方を眺めて呟いた。
あからさまに異質な空気を漂わせているわけではない。
けれど、歩き方はどこか機敏で、すれ違う人とも距離を取り、目つきも住民の穏やかさはなく、どこか獣みたいな猛々しさが漂っていた。
完全に住民でない人間が混じっている。
「最悪ね。これで先生は……」
悔しさに腰の辺りで両手をギュッと握った。
「……行くか」
「行くって、どこに?」
フードの裾を引っ張り、より深く被り直すと、声をひそめる。
「うん。それがさーー」
刹那、
振り返ったリナのそばを、一人がすれ違う。
背が高く、やけに肌が白い人だな、と思っていると、目が合ったリナの顔から血の気が引いていく。
今、何か耳元で……。
「ーー逃げてっ」
リナが発狂する。
ーーはぁ? と聞く間もなく、リナは地面を蹴り、この場を去ろうとする。
呆然とする僕とエリカの腕を咄嗟に掴み、引き連れるように。
「ーーは? 何? 何が?」
「ーー遅かった…… あいつには絶対に……」
ーー見つけた。
フードを被るリナに、すれ違った人物が言った気がした。
「……遅かったみたい……。 もうっ。あいつに見つかるのだけは」
建物に挟まれた細い通路を駆け抜けるが、まだはっきりとした逃げる理由を把握できていない。
鼓動だけが激しくなっていく。
「前にも言ったでしょ。集団のなかでも、最悪な奴がいるっーー」
「ーーストップッ」
息が上がるなか、街の大きな広場に出たところでおもむろに二人を止めてしまった。
「ーー何っ?」
広場はこれといって変化はなかった。
四叉にわかれた通路が奥に続いている。
数人の住民の姿があるだけ。
それなのに、風が肌に鋭く突き刺さり、警告する。
何かが違うと。
横に伸ばした腕を、邪魔そうに下ろそうとするエリカ。それでも警戒を緩められない。
異変を探ろうとして。
「何かが変だ…… 気づかないか?」
リナに問いかけるけれど、リナは動揺しているのか、返事はない。
「ダメじゃん。逃げちゃ」
街の人らを眺めていたとき、向かいの通路から、一人の女がこちらに歩み寄ってくる。
混乱しそうになる。
いつの間に追い抜かされた?
リナの発狂で逃げたはずの、背が高くて肌白い女がこちらに笑みを浮かべていた。
不敵に口角を吊り上げる姿は蛇みたいに陰湿に肌に触れてきそうで、背筋が凍ってしまう。
「……ローズッ」
喉の奥を痛める緊張に襲われていると、リナの苦虫を噛み潰したような声が散る。
「……こいつが?」
その気持ちはわかる。
けど、それよりも……。




