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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第六章  2 ーー 先生の行方 ーー

 百十七話目。

  そんなに心配なものなの、あのズボラな人が。

            2



 切羽詰まるリナに対し、僕とエリカはどこか冷めた様子で、話を聞いた。


「どこか買い出しに行ってるとかじゃないのか?」


 そこまで焦る必要はないだろ、と茶化したくなるのが本音ではあるけれど、ゆっくりと言うと、リナは強くかぶりを振る。


「ううん。先生は自分から進んで外に出ようとする人じゃないの。買い出しだって近所の人に頼ってばっかだった。私らが通っていたときも、半分無理矢理アネモネとで外に引っ張ってたときだってあった。放っておけば、二、三日だって何も食べずに書類に埋もれていそうな人だったから」

「……マジかよ」


 一度会い、先生とはどこかズボラな性格であるのは理解していた。

 研究に没頭しているせいか、浮き世離れしているのも理解できるし、部屋の汚さを見れば、規則正しい生活に無頓着であるのも痛感できる。

 それでも、ふざけた態度を取りながらも、時折胸を打つことを言ったり、目の奥には何か心をざわつかせるような光を感じることがあったので、信じられなくなってしまう。

 何よりも、リナの散々な言い方は同情すら抱きそうになる。

 しかし、そのリナが焦っている。本当に緊急事態なのか……。


「それにどうも、この家もおかしいのよね」

「おかしい?」

「うん。なんか、荒らされた感じがするのよ。なんか、いつもと違う」


 どこがどう荒らされたんだ?

 以前と同じじゃないのか?

 と、喉の奥から出てしまいそうなのを堪えた。

 本気で心配し、頭を抱えるリナを見てしまうと。


「私、ちょっと街を見てくるっ」


 瞬間、引き留める間もなく、リナは反転し、家を飛び出そうとする。


「ちょ、待てって」


 慌ててと引き留めても、、周りの本や書類を倒すほどに焦りながら入り口と向かった。

 続けてエリカもリナの後を追う。

 こいつはこいつで、軽やかに倒れた本などを避けて進んでいく。

 どらだけ身軽なんだか。

 結局、僕が最後に足をもたつきながら走った。




 家を出たときには、脛が痛んでいた。

 何度も本の角に妨害されたからだ。

 表に出て、脛を擦っていると、幸いにもリナは家の前の通路で、どこに行くべきか逡巡して足を止めていた。

 まだ表情は青ざめているけど、怯え方が尋常ではなかった。

 そこまで怯えるのか、と不思議になってしまう。


「あれ? もしかしてリナちゃん?」


 そんなとき、一人の年配の女性がリナの顔を見て話しかけてきた。

 リナの顔を見て、女性はパッと頬を綻ばせる。


「あ、おばちゃん。えっと、先生見なかった?」 


 年配の女性に、リナは臆することなく話しかける。

 どうやら知り合いらしい。

 だが、年配の女性はすぐに眉をひそめた。


「先生? また本に埋もれて寝てるんじゃないの?」


 深く捉えていないのか、女性は明るさを戻し、冗談っぽく言い、リナの肩を叩いた。

 先生の行動は周知らしい。

 リナは女性の肩をおもむろに掴んで首を振る。

 物々しいリナの態度に女性は驚きを隠せないでいた。


「違うの。いないの先生。それに部屋も荒らされてるみたいで。おばちゃん、何か知らない?」


 切羽詰まる様子で食い入るリナ。

 肩を掴まれて萎縮する女性は怯えながらも瞬きをする。

 記憶を探るように。


「……別に変わったことは…… あ、そういえば、二日ほど前にだったかな。二人ぐらいが家に入っていくのを見かけたわね。知り合いにしては、見かけない人たちだったから、珍しいわねぇ…… って思ったけど」

「二人? ねぇ、その人らってどんな人だったの?」

「さぁ。一人は見えなかったけれど、一人は綺麗な女の人だったわよ。背が高くて細くてね。おばちゃんとはもう全然違うの。それにしても、やけに肌の白い女の人だったわね。それこそ、病気なんじゃって思うほど」

「肌の白い女……」

「それよりリナちゃん、また綺麗になったわね。アネちゃんは? いつも一緒だったけど」


 女性の関心はリナに移り、それ以上の情報は得られそうになかった。

 それをリナも直感したのだろうけど、女性の世間話がしばらく続き、リナは愛想笑いをしていた。

 我慢しているのは滑稽に見えてしまい、こちらが可笑しくなってしまう。

 女性の様子からすると、ただの杞憂でしかないと僕は思えるのだが……。




 それから十分ほどは一方的な女性の話が続いていた。

 一応、僕らもそばにいたのだけれど…… 女性の目には映っていないらしく、ずっとリナと喋っていた。

 そして、自分のじゃ喋りたいことが終わると、何事もなかったみたいに、「じゃぁ」と去ってしまった。


「……テンペストね、あれ」


 エリカの的確な皮肉に、つい鼻で笑ってしまう。

 ただーー

 女性が去った後のリナの表情はまた雲ってしまった。

 当然だろ。

   リナにしてみれば、家族なんだよ。

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