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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第六章  1 ーー 再びカストへ ーー

 百十六話目。

    久しぶりのはずなのに、どこか違う気がする。

           第二部



           第六章



            1



 カストに訪れたのは何日前だっただろうか、と不思議になっていた。

 整備された石畳を歩いていると、どこか感慨深くなり、胸が少し熱くなっていた。

 気のせいか、リナの表情も明るく見えた。

 ただ、タカクマとの一連もあり、先生が暮らす安心できる街であっても、赤いフードを深く被っていた。

 それでも口元はずっと緩んでいる。

 ベネトの町からカストまで距離はあったのだけれど、どうしてもここに来て確かめたくなったことがあるからである。

 ベネトで遭遇した女の子のことを知りたくなったからである。

 しかし、街を歩いていると、どこか以前とはどこか雰囲気が違っていた。

 風が痛い。

 それとも空気が重いのか。なぜか息苦しさを拭えないまま歩いていた。


「なぁ、この前って、こんな感じだったか?」

「ううん。なんか違う気がする」


 素直な感覚を口に出すと、エリカが同調するように言い、通路の角にある露店をじっと眺めていた。

 何か果実を売っている店らしいけど、今は構わず足を進めた。

 そのせいか、疑念で胸が詰まるなか、背中に憎しみのこもったエリカの視線がじりじりと浴びせられる。

 目を合わせれば、もっと酷い罵倒を浴びなければいけなさそうで、すぐに無視した。

 今日の夜は反動で、また多く食べてしまうんだろうな、と呆れながらも先生の家に着いた。


「ーー先生、起きてる」


 またしてもリナはノックもなしで扉を開けた。

 まったく、こいつも礼儀というものはないのか。

 疑って頭が痛くなる。

 せめてノックぐらいしろよ。

 まぁ、それだけ先生との信頼関係は強いのだろうけど。 

 苦笑いをこぼしながら、リナに続いて家に入ると、三歩ほど先を歩いたリナの足が唐突に止まる。

 急に止まったので先が止まり、リナの背中にぶつかりそうになると、エリカが僕の背中に鼻をぶつけた。

 腕を引っ張られ、振り返ると、鼻を擦りながら睨んでいた。

 いや、僕に怒ったって。


「どうしたんだよ。リナ?」


 このままではエリカの怒りを受けてしまいそうで、リナに助けを求める。

 するとリナは黙ったまま廊下をじっと眺めている。

 後ろから首を伸ばして廊下を眺めると、眉をひそめた。

 相変わらず本や書類が散らかり、行く手を塞いでいる。

 もしかすれば、以前に訪れたときより散らかっているか?


「……おかしい」


 震えるような声がもれた。


「ーー先生っ、いるのっ。いるんだったら、返事してっ」


 別に以前と変わったところはない気がするけれど、「ーーそうか?」と声が出る前に、リナは声を荒げ、大股に進んだ。

 後に続こうとするのだけど、やはり荷物が に足を取られ、体が揺れてしまう。

 壁に手を添えながら先に進む。

 まるで濡れた足を取られた感触で、僕とエリカが手こずるなか、リナは「先生」と叫び続け、部屋の奥に姿を消した。

 短いはずの廊下は、深い洞窟を探索しているみたいだ。

 部屋に辿り着いたときには、エリカとともに大きく深呼吸をした。

 すると、今度はほこりの多さに鼻がムズムズとしてしまい、鼻を擦ってしまう。

 その間もリナは「先生っ」と叫んでいるけれど、返事は一向になく、隣の部屋を覗き、リナは忙しなく動き回っている。


「……いない……」 


 フードをめくったリナの顔は、焦りの色が滲んでいた。

 外出しているだけでは? と声をかける隙もなく、リナは今度は部屋を出て階段を駆け上がって行った。

 本や書類の山を機敏に動けるのには圧倒されるけれど、またしても取り残されてしまい、唖然と頭を掻くしかできない。


「キョウ、これ」


 途方に暮れていると、エリカが呼びかけた。

 振り向くと、エリカは例の地図が貼られた壁の前に立ち、地図を指差していた。

 よくまぁ、この荷物のなかを進めるなと感心しながら近くに寄った。

 数メートル近づくだけで、全力疾走させられた気分だ。

 まったく、掃除ぐらいしたらいいのに。

 壁の前に立つと、また溜め息がこぼれる。


「ーーここ」


 地図のある場所を指すエリカ。目を凝らしてみると、ベネトで遭遇した女の子に向け、エリカが放った「トゥルス」と記されていた。


「ほんとだ。書いてある」

「それで多分、この辺りがベネトだと思う」


 地図をなぞりながら、指を動かしたり場所には、何も記されていない。

 地図上ではただの平地でしかなかった。

 眉間を押さえ、何度か瞬きをすると、一歩後ろに下がり、地図を眺めた。

 手が下がり、より地図を凝視する。


「……そうか。そうだよな」


 納得した。

 地図の世界は、今とは多少の形の変化が見られた。

 地殻変動があったのかもしれない。

 エリカの言う通り、ベネトのそばにトゥルスの名前がある。


「じゃぁ、なんでこんな名前が? それになんで、あのミントって子は逃げたんだろ?」

「わかんない」


 新たな疑念が生まれ、額を指で突いてしまう。


「ーーそれに、ここって確か」 


 エリカが違うことを指摘しようとしたとき、慌ただしくリナが階段を駆け降りてきた。

 入り口の壁に手を当て、肩で息をするリナ。

 頭を上げると、瞳孔は開いており青ざめていた。


「……先生がいない」

 名前がいろいろとあるんだな。

    でも、これって……。

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