第二部 五 ーー 覚悟と疑念 ーー
百十五話目。
あれ、もう五章目は終わり?
だったら、必要なかったんじゃない?
放たれた言葉。
声にさえも毒が染み込み、誰もが体に蝕んでいきそうな恐怖を抱かずにはいられなかった。
彼女の指示に逆らう。
それは崖の縁を歩いているのと同等でしかなかった。
彼女の下にいることは、自分の足元を花のツルみたく毒牙が足に絡まっていた。
ローズという人物は、それだけの恐怖をまとっていた。
命令だから。
己の信念のため。
何度も自分に言い聞かせ、手を汚してきた。
逆らえば、自分が消されることになってしまうのだと。
朝、目を覚まし、自分の手の平を眺めていたとき、心臓が強く握られ、血の気が引いていくことも一度や二度ではなかった。
嘘だ、と叫びそうになるのを堪え、目を瞑り、深い息を落として目を開くと、汚れていない手の平に息を詰まらせる。
現実に戻った安堵感なんかではなく、幻覚を見るまで、己の行為に後悔しまっていた。
何人もの命を理不尽に奪っていた事実に。
もう、お前は汚れた人間なんだと突き詰められているみたいに。
どうすれば、この苦しみから逃れられる?
渦巻く不安に問いかけても、答えなんて出てくれない。
いや、もうわかっていたのかもしれない。
けれど、心に貼りつく信念などが曇らせていたのかもしれない。
逆らえば殺される。
彼女の背中から放たれる物々しさにも怯え、目を背けていたのだ。
きっと、誰かの命を自分の手で奪うことに。
だからだろうか。
部隊に背き、大剣を奪った姉妹に興味を抱いたのは。
きっと羨ましかったのだろう。
鳥カゴから放たれた小鳥みたいに見えてしまい。
きっと、そのせいなんだと今は感じてしまう。
町でリナリアを拘束した後、彼女らを解放したのは。
抗いたかった。
己の命が危険に晒されるのは理解している。
きっと故意に逃がしたと知れば、命はない。
でも、不思議と後悔はしていない。
あのとき、テンペストが起きなければ、命令に従っていただろう。
でもテンペストは起きた。
逃がさなければいけない。
そんな使命感が心の奥に芽生えてしまっていた。
命令に逆らうことで、これまで命を奪った者への贖罪にならないことはわかっている。
けれど、なんだろう……。
気が楽になっていた。
間違ったことをしていない、となぜか自信を持ってしまっていた。
だから、自分に刃を向けた。
それで命が途絶えるなら、彼女らに見捨てられても、それはこれまでの自分の行いのせいなんだ、と納得させられた。
そして、自分の命は助かり、部隊の拠点に戻ってこられた。
それは自分の行動が間違いじゃなかったんだ、と信じたい。
でも、新たな恐怖は生まれていた。
これは誰かに伝えないといけないと、心が警告している。
だけど、あの狡猾な隊長に伝えるのは危険なんだとざわついている。
だから、あの人に伝えることにしよう。
あの人ならば、真剣に耳を傾けてくれる気がする。
アカギ隊長ならば。
そんな厳しいことを言うなって。
ということで、早いですが次回より六章目が始まります。
引き続き応援、よろしくお願いします。




