第二部 第五章 1 ーー 苛立ち ーー
百十二話目。
なんだろ。私たちの時間って、止まってるの?
第二部
第五章
1
執拗にテーブルの天板を指で突いてしまった。
「うるさい」
ゆっくりとしながらも、強い声が静寂した部屋に響き、指を止めた。
この部屋に集まるようになっていたのは三十分前。
組織にとってみれば、時間厳守であるのは当然でありながら、円卓の席に就くべき人物は足りていなかった。
「イシズチ、ローズはどうした?」
「僕に聞いたって知らないよ。アカギが自分で調べれば?」
向かいに座り、態度を悪くイスに凭れ、腕を組むイシズチがぼやいた。
部屋には本来、自分を含めて六人が席に着く予定であった。
俺の隣にはハッカイが座っている。そして向かいにイシズチのみ。
統率力のない組織は破綻するぞ、と憤りが強まり、テーブルを突いていた。
「あ、そうだ。思い出した」
苛立つなか、天井を眺めていたイシズチがおもむろに呟いた。
どうも茶化しているようにしか見えない。
ハッカイも腕を組み、目蓋を閉じながら耐えていた。
イシズチはテーブルに向き、今度は頬杖を突いた。
「ローズは今、用事ができたから、今日は出ないって言っていたよ」
「用事、ですか?」
これまで黙っていたハッカイが腕を解き、目を開いて聞いた。
いたって穏やかな口調で。
「用事ってなんなのだ?」
ハッカイの冷静さに、俺も感情に任せて怒鳴っていたのが滑稽に思え、少し冷静さを取り戻す。
「ローズは言っていたよ。自分のすることは、これから行うことに対しての礎になるってね。その準備らしいよ」
やけに含みを込めた言い方に、疑念が強まってしまう。
眉をひそめると、イシズチは狡猾に口角を吊り上げた。
「わざわざ口に出して言うことかい?」
「……世界の統合、ですか?」
恐る恐るハッカイが問いかける。
すると、イシズチは答えることなくペロリと唇を舐めた。
それは俺らが望むこととは乖離しているのだと理解した。
「……時間は止めることはできない。でも早めることはできるみたいだよ」
「早めるってことは…… それって」
「ーーダメだっ」
困惑するハッカイの横で、声を荒げてしまう。
イシズチは動じず、頬杖の腕を変えた。ハッカイだけが驚いている。
「前にも言っただろ。まだそれは早い。急げば必ず反乱が起き、それが妨げになると言っているだろっ」
「それはお互い様だよ。だから、今は力を使って事前に人を押し留めるんだって。僕は賛成だよ。ローズの考えにね」
「だからダメだ。せめて、アンクルスを見つけてからでも遅くはないはずだっ」
つい声を荒げてしまう。
これだけは曲げるべきではない、譲りたくないのだが、イシズチは呆れるように大げさに首を傾げる。
「ーー後悔するのは多分、アカギ、お前だと思うよ」
「ーー……後悔」
そんなことはない、と断言することができない。
心が揺らいでいるわけではない。
抗うことを許さないほどに、イシズチの眼差しは強いものであった。
それは揺るがぬ信念に負けてではない。
反抗することすら許さないほど、仰々しいうねりが瞳孔に表れている。
背筋を萎縮させたのである。
悔しさもあった。
イシズチは俺よりも年下。ハッカイにしてみれば、孫ほど歳が離れている。
それでも口を噤まされる様に。
部下のなかにはやはり、イシズチの態度に苛立ちを覚える者もいる。
だが、誰も逆らえなかった。
それらの反発を黙らせるだけの狡猾さ、残忍さをイシズチは持っている。
逆らう者を力で押さえ込んでいた。
反抗する心を打ち砕く力が。
「それに、手をあぐねいているのはもう君らぐらいだよ」
「何を言っている。慎重に事を進めようとしているのはーー」
「そうでもないんだよ」
俺の話を無理矢理イシズチは遮断すると、部屋の入り口を眺める。
誰かを待つように。
つられてハッカイとともに視線を入り口に向けると、奥の廊下から甲高い音が響き、近づいていた。
音が止むのと同時に、男が姿を現した。
「……ツルギ…… 様」
ハッカイの驚愕の声がもれた。
そう文句を言うなって。
五章目に突入しました。
どうも、僕らの出番はなさそうなのですが、よろしくお願いします。




