第二部 第四章 13 ーー トゥルスって? (2) ーー
百十話目。
私たちが捜しているのって、誰だっけ?
「でも、じゃぁなんで逃げたんだろ」
奇妙な名前のことも問題なのだけど、それ以上になぜ逃げてしまったのか。
コップのコーヒーを揺らし、波打っているのを眺めていると、不安は積もるばかりである。
「そもそも、あの子誰?」
根底を覆す言葉が、エリカから放たれる。
驚愕した僕とリナは唖然として、エリカを見入ってしまう。
エリカは何食わぬ顔でアイスを食べ続けている。
「……お前、あのときの幻を見ていないのか?」
「あの集団みたいな者もいたのよ」
二人して声が上擦ってしまった。
あのとき、確かにリナと二人しかいなかったはず。それでもエリカも見ていたと信じていたので、驚愕でしかなかった。
あの幻は衝撃でしかなかったから。
本当に知らない様子のエリカに、あのときのことを掻い摘まんで伝えた。
それでもまだエリカは半信半疑で、疑っていた。
こんな嘘言うわけないだろ、と言いたいのだけれど、置いておこう。
「でも、あの女の子は幻や幽霊ではないってことよね」
「僕らは幻を見ちゃったけどね」
安堵をもらすリナに、思わずイスに深く凭れ、コップを眺めた。
つい嫌味が抑えられない。
「でも、どこかに実際にいるんでしょ」
また核心を突いたことを言うのだから。
安心と不安が混じっているせいか、言い返せない。
「……そっか。確実にいるんだよね」
思い立ったように呟き、テーブルを指で何度か突いていたリナの動きが止まる。
「ねぇ、おじさん、あの薬を売ってる子、この街じゃ有名なんだよね」
唐突にリナが体を反らし、カウンターでグラスを磨いている店主に声をかけた。
ーーん? と店主が顔を向ける。
「あぁ、ミントちゃんのことか?」
手を止めた店主の顔が綻んだ。
名前を知っているということは、やはり有名なのだろうか。
「まぁ、あの子は気さくな子だからね。それにあの子に助けられた人も多い。知らない子はほぼいないだろうね」
店主は店内を眺め、近くの窓から外を眺め、顎を擦った。
よかった。
情けないけれど、さっき会った子すら、幻だったのなら、と疑っていたので。
「でも、じゃぁなんで。やっぱり逃げ出しちゃったんだろ?」
肩から力が抜けていきそうななか、小さな疑問は消えてくれない。
「じゃぁ、あの子ってどこの町から来てるんですか?」
存在するからこそ、生まれる疑問。
素直にぶつけたとき、店主の顔色が曇り、手が止まった。
「なんだ、君らもか。別にミントちゃんは何も悪いことなんかしていないぞ」
「君らも? ほかに誰か聞いたんですか?」
店主は頷く。
ミントという女の子。
彼女を捜す理由はやはり薬なんだろうか。
「なんか、私らってずっと誰かを捜してるみたい」
ふとエリカが呟いた。
つい笑ってしまった。
本当にそうである。
僕とエリカはセリンといい人。そしてリナはアネモネ。
旅の目的は人探しか?
「ねぇ、それってどんな人なんですか?」
機嫌を損ねたのか、体の向きを変えて背中を向ける店主に、リナは声を強める。
「う~ん。ちょっと変わった二人だったな」
「ーー二人?」
「あぁ。一人は変な大きな物を背負っていたな。剣か? もう一人は黒いマントを羽織っていた。顔も隠していた奇妙な奴だったよ。声からして男だろうけど。あぁ、君みたいなマントをね」
店のなかでは、あの集団の姿はなく、リナはマントをめくっていた。
「……大きな荷物…… 剣? それに黒マントって…… 嘘でしょ」
胸の内から何かが破裂しそうに強く脈打っている。
静かにではなく、一気に爆発しそうに激しく。
それにはエリカも手を止めていた。
エリカが手を止めるほどに驚愕していた。
「……それってまさか……」
「あれ? そういえば……」
と手を止め、カウンターから首を伸ばして目を凝らしてきた。
特にリナを食い入るように、眉間にシワを寄せている。
「ーー何?」
「いや、その荷物を背負っていた女の子、どことなく君に似ていた気がしたからね」
「そうなの?」
と、ふとメガネを外すと、さらにシワを深め、納得したように背を伸ばした。
「うん。やっぱり似てるね、君に」
「そうなんですか」
何度も頷いた後、リナはメガネをかけ、僕をじっと見据えた。
決まりだ。
でも、なんで?
そんな嫌味みたいなことを言うなって。
でも…… な。




