第一章 10 ーー 町に背中を向ける ーー
十一話目。
ご飯。ご飯っ。ご飯?
あれ? ご飯は?
9
「ったく。人見知りはどこに行ったんだよ」
空腹は理性や温情すらも支配してしまう。
黙っていられなかった。
町を出て五分も経たないころ、嫌味を込めて前を歩くエリカに吐き捨てた。
「知らないわよ。気づいたら言っていたんだし」
エリカは立ち止まると、悪びれることなく、白い歯を見せて笑った。
「それよりお腹空いた。何か食べたい」
「誰のせいだよ。もう少し待て。次の町まで保たなかったら、魚釣ったりしてやるから」
結局、町を逃げるように部屋から慌ててかき集めた荷物を背負い、出発していた。
もちろん、「朝食をください」なんて鈍感な冗談は言っていない。
言えるわけがない。
だから、空腹が悲鳴をあげているのである。
「嫌だ。キョウのご飯、味気ないから」
「薄味だから、あっさりしてるんだよ。わざとしてんの。文句を言うな」
肩にかけた荷物をかけ直し、受け流すと、エリカは子供みたいに頬を膨らませて拗ねる。
本当に先ほど啖呵を切った者と同一人物か、と疑いたくなるほど、幼い反応だよ。
唇を尖らせ、「ん~ん」と反抗の意を示すエリカを無視し、再び歩き出した。
しばらくして諦めたエリカも早足になって並んで進んだ。
「なんで、あんな嘘を言ったんだ?」
「ーー嘘って?」
「はぁぁ。祭壇を壊したのは自分だって話だよ」
「あぁ、あれ。うん。なんとなく」
心なしか責めるように強く言うのだけど、エリカは平然と流した。
エリカは嘘をついている。
祭壇を壊してなんていない。
断言できる。
エリカじゃないと。
「なんで壊したの?」
歩きながら柔らかく聞くエリカに頷いた。
「ムカついたから、かな」
夜中である。
寝静まった町。夜風が背中を押す肌寒いなか、祭壇を壊したのは僕だった。
どこをどう壊したのかは覚えていない。
体が暴れるばかりであった。
無心に壊していた。
今朝、漠然と壊されている祭壇を見て、これほどまでに酷く暴れていたのか、と驚くほどに。
それでも、一つだけ覚えていることはある。
依り代とされていた木の幹を、剣で突き刺すときである。
胸の奥底で何か小さなのものが激しく暴れていた。
内側から爪を立て、掻き毟られているような苛立ち、息苦しさに襲われていた。
心の檻に閉ざされていた感情を、屈服させるつもりなんてなかった。
憎かった。
そして、気づいたときには、部屋の殺風景な天井を眺めていたのである。
「なんか、ムカついたんだよな」
道は砂利道が続いていた。両脇を木々が挟み、風が葉を揺らしている。
道の脇にある大きな石に腰を下ろすと、額を擦りながら呟いた。
「あんなふうに口論して考えるんだったら、さっさと止めてしまえばよかったんだ。結局あんなもんがあるから、みんな迷ってしまう。それって、迷わせる物があるから悪いんだ。だから壊した」
罪悪感はない。
晴々と目を細めていると、エリカは前に立って唇をすぼめている。
「よく私を子供だってバカにしてるくせに、どっちが子供なのよ」
「だよなぁ」
笑うしかなかった。
「変わるかな」
渇いた笑い声が収まると、エリカはこれまでいた町の方角を眺めてこぼした。
釣られて眺めた。
「どうだろうな。あんな強情な大人もいるし、もしかしたら難しいかもしれないな」
あのトウゴウという男がよぎり、期待ができないのを強めてしまった。
「テンペストのことも大してわからなかったからな……」
「……あの人のことも、ね」
「……あぁ」
目蓋を閉じると、陽炎みたいに揺れた淡い人影が浮かんでくる。
名前の知らない、僕らが探している黒いマントの人。
その人があのとき、町が消滅してしまった日に僕らに声をかけてくれなかったら、僕らはきっと……。
その人を探しているのに、今日も会うことはできなかった。
ご飯は…… ないっ。
こんな調子で旅は続きます。
応援よろしくお願いします。




