表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/352

 第二部  第四章  12 ーー トゥルスって? ーー

 百九話目。

   キョウ、何かした?

           10



 あのとき、何から逃げようとしていたんだ?

 なんで、あんな場所にいたんだ?

 どうして追われていた?

 あの集団と関わりがあるのか?


 聞きたいことは山ほど脳裏に浮かんでしまう。

 でも、それをどれから口にしていいのか迷い、言葉が頭でひしめき合っている。

 足が自然と女の子へと向いていた。

 近づくために足に力が入り、地面を蹴る音が次第に強くなる。

 女の子を以前に見ていた。

 それはカストの近くの忘街傷でのこと。

 エリカがテンペストの気配を感じ取り、警戒していたときに現れ、何かに怯え、逃げ出していた女の子だった。


 あれは幻じゃなかったのか?

 どうやって逃げ出せたんだ?


 新たな疑問が足を鈍らせようとする。頬まで引き攣りそうだ。

 焦りを隠しながら歩いていると、女の子が顔を上げた。

 前髪を整えようと流していたとき、ふとこちらに気づいたのか、振り向いた。


「あ、ごめんなさい。もう今日の分の薬って売れちゃったんです」

「薬って、あなたが病院に薬を渡していたの?」

「ーーはい」


 透き通る声が通った。

 目の大きな女の子だった。はきはきとした声なのだけれど、申しわけなさそうに眉を下げていた。


「君って、前に忘街傷のところにいなかった?」


 あれは確かカストのそばだったよな、とリナに確認しようとすると、女の子が急に地面に置いていたリュックを慌ただしく背負った。


「ーーごめんなさい。私、帰ります」


 リナが「そうね」と答える答える隙もなかった。

 すぐさま僕らに背を向け、女の子は地面を蹴り、僕らから逃げ出してしまった。


「ーーは、何? なんで?」


 呆気に取られたリナの声が宙に舞う。


「キョウ、あんたなんか変なことでもしたっ」


 はぁっ? こんな一瞬で、何をどうするっていうんだよっ。

 一瞬の出来事でしかなく、言い訳が上手く出てくれない。

 ってか、ここで言い訳をしてしまえば、非を認めてしまうか……。


「ーーいいの?」


 茶化すようにメガネ越しのリナの視線に下唇を噛んでいると、エリカは女の子が去ってしまった方向を指差した。

 つられて顔を向けると、そこにいた女の子の姿は遠退いていた。


「ねぇ、君は一体ーー」

「トゥルスから来たのっ」


 女の子の動きが止まった。

 地面を蹴る足に勢いがつき、一気に離れようとしたとき、急ブレーキがかかる。

 エリカの発言によって。

 女の子は動きを止めると、ゆっくり振り返った。

 腰の辺りで両手をギュッと握り、離れていてもわかるほどに怯えた目を向けて。

 驚愕からか、大きな目をより大きくなっている。

 ただ女の子だけではない。

 僕もリナも、戸惑いの眼差しをエリカに注いでしまった。

 初めて聞く言葉に。

 エリカは真剣に女の子を凝視している。

 咄嗟に嘘をついた様子はない。

 なんだ、それ、と聞くこともできない。

 困惑を隠せないまま、女の子に顔を戻した。

 すると女の子は怯えた目を泳がせている。


「あなたはトゥルスの住民なの?」


 それは決定づける一言になった。

 女の子は躊躇していた足で再び地面を蹴り、その場から去ってしまった。

 



「エリカ、なんだったのさっきの? 何かの名前?」


 リナの疑問がざわめきのなかに舞った。

 エリカはバニラアイスを一口頬張り、スプーンをくわえたまま、頷いた。

 あれからしばらくは女の子を捜してみた。

 だが、ほんの数メートルしか離れていないのに、建物の角を曲がったところで女の子は消えていた。

 どれだけ足が速いんだ、と感心する反面、戸惑いから出遅れてしまったのを悔やんだ。

 一人エリカが先を走って捜してくれたのだけど、見失ってしまった。

 そして途方に暮れて酒屋に戻っていた。何か情報があるか、と期待して。


「トゥルスってなんか、町の名前みたいだな」


 顎を擦っていると、またエリカはこくりと小さく頷いた。

 ーーえ? とまずリナと僕が顔を見合わせた後、揃ってエリカに向いた。


「……先生の家の地図に書いてあった」

「ーー先生?」


 リナの声が上擦ってしまう。

 つい身を乗り出すリナは動じずアイスを一口口に運ぶ。


「壁に貼ってあった地図。あの奇妙な名前が載っていた地図にあった」


 ……地図?

 つい額に手を当てて考えてしまう。

 先生と話していたときのことを。

 そして、

 ーーあ、と声がもれたとき、先生の部屋の壁の地図が浮かんだ。


「でも、あれにはいくつかの名前が載っていたでしょ? それなのになんでトゥルスなの」

 一口お茶を飲み、気を落ち着かせたリナが続けると、

「地形。トゥルスって書いてあった場所と、このベネトの地形が一番近かったから、あの子がこの街に薬を売りに来るなら、一番近い場所だと思った」 


 意外だった。

 ちゃんと筋が通っている。

 半分は直感的に叫んだだろうけど、適当に言ったわけではなさそうだ。

 見直してしまう。

 そこまで考えていたんだって。


「ーーでも、今の地図を見たら、そこに町なんてなかったけど」


 そうか。素直に感心してしまう。

 なんだ、その疑いは……。

   僕は何も悪いことなんかしていないぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ