第二部 第四章 11 ーー 薬 ーー
百八話目。
ご飯は大事。
余計な話をするより、食べることの方が。
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「ーー薬が一緒?」
「うん。驚いた。ちょうど僕らがタカクマを病院に連れて行ったとき、その薬を手に入れたからタイミングがよかったって、医者が言っていたんだ」
酒屋で休憩していると、リナが驚いてカップを持つ手が止まった。
少し休憩のつもりで入ったつもりでいたのだが、エリカの前にはすでに三人前ぐらいの量が置かれて、すでに満足げに手を動かしている。
「そんなに優秀なの? その私にも使ったっていう薬って」
「らしいね。リナも今はもう回復してんだろ」
コーヒーを一口飲んでいると、リナも「まぁね」と頷く。
「あれ? 君らこの前、病院に急患を連れて来た子だよね。その子はまだ入院してるのかい?」
たまたま隣にいた客が酒で頬を赤くしながら聞いてくる。
酔っぱらいに絡まれた、とリナは顔を背けた。
どうも客には冷たい。まぁ、いいけど。
「うん。今朝には街を出発しましたよ」
「へぇ、早いね。やっぱあの薬はよく効くだろ」
僕らにしては早い退院だと捉えていたけど、客は当然という様子で高笑いした。
なるほど。だから顔を背けたのか。
客から酒臭い匂いが届き、鼻をつい押さえたくなる。
リナはこれを嫌い、顔を背けたらしい。
相当の匂いに頭痛が起きそうだけど、エリカだけが平然とご飯を食べていた。
「あの薬って、そんなに有名なんですか?」
黙っているのも変なので、匂いを我慢して聞いてみた。
「まぁ、この街じゃすぐに回復するから、医者泣かせとも言ってるよ。たまに商人が別の街へ広げてるみたいだけどね」
客は酒が入っていても、口調はしっかりとしていたので、そこには安堵した。
「なるほど、それで僕らも助かったってことか」
リナの様子を伺うと、まだ我慢しているのか、イスに深く凭れると、天井を眺めて三つ編みを触っていた。
話には入りたくなさそうだ。
「ーーん? 君らもあの薬に助けられたのかい?」
ずっとそっぽを向いているリナを考え、軽く流すのがよさげなので、「まぁね」とごまかしておいた。
でも、気がかりなこともある。
「あの薬って、どうやって作られているんですか? ってか、どうやって手に入れてるんです?」
こちらが話を進めると、顔を向けたリナが憎らしげに睨んでくる。
メガネ越しにも怒っているのは伝わってくる。
怖さに背中が凍りそうだ。それでも聞いてしまった。
客は残された酒を一気に飲み干し、
「あれは時折、薬を持って売りに来る子がいるんだよ。それを病院が買い取ったり、運よく居合わせた商人らが買っているんだ。だから、生成方法とかは誰も知らないんだ」
「ふ~ん。なるほどね」
「ま、気になるんだったら、見に行ってみたらどうだい?」
「ーーはい?」
空になったグラスを宙に掲げ、店主におかわりを求めながら言う。
……そろそろ切り上げた方がいいかもしれない。
頬の赤みも強くなり、目が虚ろになってきている。そろそろ呂律も危ないか。
それに。
何より、リナの我慢の限界が近づいているみたいだ。意味もなく執拗に右手を握ったり開いたりを繰り返している。
それで僕を殴るつもりでいるのか? 怪力女。
「近いかも」
強がってコーヒーを飲んでいると、唐突にエリカは呟く。
エリカも限界を把握したらしく、リナと目を合わせていた。
もう逆らえそうになく、話を切り上げた。
「よくまぁ、あんな、酔っ払いとまともに話なんかできるわね」
酒屋を出ても、リナの憤慨が鎮まることはなく、フードを被りながら文句をこぼした。
はい、はい、と頷きながら聞き流し、商店が並ぶ道を歩いていた。リナが足早に一歩前を腕を組んで歩いている。
エリカは今、ご飯を食べたというのに、商店に並んでいる果実を目を輝かせていた。
どれだけ食べるんだ、とはもう聞くことはしない。
「ーーん? 何、あの集まり?」
通路の角のところに、数人が集まっていた。そこには商店がない場所だったので、人の姿に興味が湧いてしまう。
何かが終わったのか、集まりが散っていく。すれ違う人はみな、満足げに頬を綻ばせている。
何かを手に入れたんだろう。
「あれ? あの子」
人が散った後、そこに一人の女の子が屈んでいた。
やはり何かを販売していたのか、足元には大きなリュックが置いてあり、そこに荷物を仕舞っていた。
しゃがみながら、長い髪を耳にかけた。
「ねぇ、あの子って、どこかで」
女の子に気づいたリナが僕の肩を叩き、促してくる。
きっと会ったことはないはず。でもーー
「ーー知っているかもしれない」
休憩するだけでも、なんか疲れる気がするな、僕は。




