第二部 第四章 10 ーー ベネト ーー
百七話目。
私らって、何かから逃げてなかった?
いいの?
8
ベネトという街に着いて、七日が経っていた。
タレスの街に比べれば、少し見劣ると感じてしまうのは、ただの偏見でしかないのだろうか。
街の規模としては、タレスを一回り小さくした印象を抱いてしまう。
それでも治安はよさそうだ。
住民には活気が満ちていて、ここは商売に長けた街らしく、中心には露店が並んでいた。
住民らの笑顔が弾けている。
野菜に果実、花や骨董品。
様々な商品が並んでいて、見ていると飽きることはなく、心は弾んでしまう。
「悔しいわね。逃亡する身としては、この街を大見得切って歩けないなんて。この街の空気、私は好きかも」
「そうか? 僕は気にしすぎな感じがするけれど」
「意外とあんたって楽観的なのね。タレスのこと忘れたの? 一応、私ら捕まったのよ」
街を歩くなか、リナはまた赤いフードで顔を隠していた。
フードのせいで表情は見づらいが、街の光景を楽しむ僕らを蔑んでいるのは、メガネ越しの目が語っている。
確かにタカクマだったから助かったのは重々理解している。
「あの変なことを忘れたいだけ、キョウは」
さっき、果実屋でサービスでもらったリンゴをかじりながらぼやく、エリカの鋭い指摘が胸を突き抜けていく。
横に視線を動かすと、エリカは辺りの商店に目を輝かせて、こちらを向く気はない。
それでいて痛いところを突くのだから、本当に手厳しい……。
あのときのことは忘れておきたい……。
強くかぶりを振り、息を吐いた。
「まぁ、タカクマが助かったんだし、よしとするのがいいんじゃないか」
「あ、話逸らした」
「最低。逃げた」
本当に逃げ出したくなる。
これ以上は両脇から罵声が飛んできそうだ。
偶然的ではあるけれど、ベネトの街に辿り着けたのは幸運であった。
この街は商店が栄える、流通の街らしく、それは医療でも当てはまるらしく、街には大きな病院が存在しており、タカクマはすぐに治療を受けることになった。
元々、タカクマは手加減していたと言っていたけれど、そのおかげか、回復にはさほど時間は必要なかった。
本当に幸運が重なったのである。
今朝のことになる。
「もう、行くのか?」
「うん。あまり長居していると、隊長も不審がるだろうし、タレスがテンペストに襲われたことが伝わっていれば、偵察に来る者もいるかもしれないしね」
街の外れで、馬に乗ったタカクマと別れようとしていた。
「でも、本当に大丈夫なのかよ、傷の方は?」
どうも、急ぎすぎな気がしてしまい、引き留めようとすると、タカクマは首を振る。
「本当に大丈夫。やっぱりあの薬のおかげだろうね。それに、もし仲間に君らと一緒にいるところを見られたら、それこそ僕は処刑されるだろうからね」
「確かにな」
そうだった。
本来ならば、こうして会話をすることすら許される立場ではなく、お互い苦笑した。
「助けてくれたお礼に、私のことを散々に言っておいていいわ。どうせ、あなたたちにとって、私は重罪人だろうから」
「言ったろ、僕は君らを利用させてもらうって。だから、期待して待っててくれるといいよ。きっと追跡は激しくなるだろうから」
「ったく。嫌味言う、こんなときに?」
呆れた、とリナは降参と手の平を見せて大げさに首を傾げると、タカクマは目を細めた。
笑ってるタカクマに安堵していると、タカクマの表情が一気に引き締まった。
「でも、本当に気をつけて。もし、タレスを確認しに行った仲間が無事だったら、もう君たちの情報は冗談抜きで伝わっているだろうし。それにいろいろとね」
「うん。肝に銘じておく」
真剣に忠告してくれるタカクマに、こちらも気持ちが引き締まり、背筋が自然と伸びた。
「じゃぁね」
「ああ。いろいろとありがと」
「いや、こっちこそ。君のおかげで助かったんだからね」
と、最後にタカクマはエリカを眺めた。
視線に気づいたエリカは、また僕の後ろに隠れた。
ったく。散々話したんだし、隠れる必要はないだろうが。
三人の呆れた視線を浴びながらも、エリカは顔を背けた。
ハイハイ……。
そして、タカクマと別れた。
エリカ、それは指摘しないでおこう。




