第二部 第四章 7 ーー 嘆く男 ーー
百四話目。
逃げる? 逃げていいの?
6
男が途方に暮れているときである。
リナがこぼすと、顔の前まで両手を上げ、両拳をギュッと握る。
おもむろに左右に勢いよく引っ張った。
ブチッと鈍い音とともに手首に縛られていた縄が引き千切られる。
まるで糸を引き千切るように簡単に縄を解き、続けて足首を縛っていた縄も、両手で千切った。
いとも簡単に。
得意げに開放された手首を擦り、首を回すリナ。
つられて僕も力一杯左右に手を引っ張った。
………。
手首に縄が食い込むだけで千切れることはない。
しっかりと縛られている。
この怪力女が……。
と、憎らしくリナを眺めていると、リナはわざとらしく解いた縄を、男の前に放り投げ、遠くを眺めていた意識をこちらに向けた。
地面から睨みつける男。 リナは負けじと荷台に足をかけて見下ろす形で右手を差し出した。
「私の武器、返してくれる?」
リナの要求に男は鼻で笑い、腰に手を当てる。
「やけに余裕があるんだな。わざわざ僕に話しかけずに、馬を奪って逃げた方が懸命だったと思うんだけど?」
見た目からすれば、リナが優勢に立っているのだけれど、男も引こうとしない。
「それだけその武器が大事なのよ。もし、抵抗するなら、こっちも容赦しないわよ」
おいおい、何を勝手に。
リナは余裕を見せて指を鳴らす。
リナの実力を知っていると半ば脅迫だろう、と圧倒されるなか、男はリナから目を逸らした。
「そうか。じゃぁ、その前に一つ教えてくれないか?」
と、不意にエリカに体を向けた。
視線に気づいたエリカは振り返る。
「テンペストはこちらに向かって移動してくるのか?」
「ううん。きっとテンペストは動かないと思う」
珍しくエリカは普通に答えると、男は安堵する。
「ーーで、どうするの? 私たちとやる?」
エリカの返事を待ってリナが急かすと、
「ーー好きにしろ」
唖然となった。
信じられない言葉が耳に届き、身構えていたリナも呆然として手を下ろす。
「何? 本気で言ってるの?」
信じられないリナが訝しげに聞くと、男は溜め息をこぼすだけ。
拍子抜けしたリナは、助けを求めるように僕の顔を見て首を傾げる。
「お前、リナを捕まえることが目的じゃなかったのか?」
「そうだ。でも、逃がすのもいいかなって考えたんだ。多少、集団のやり方に疑念がないわけじゃないからね」
話しながら男は歩き、腰の辺りでゴソゴソとすると、何かをリナに向けて投げつけた。
慌てて受け取るリナ。
手元には布袋があり、中身を取り出すと、二本のナイフが入っていた。
「後は好きにするんだな」
どこか嘆く男。
「お前、名前は?」
僕はつい聞いてしまっていた。
リナを捕まえることに必死になると思っていたのに、どこか投げやりな態度が気がかりになってしまい。
自分でも驚いてしまうけど、問われた男も目を丸くしてキョトンとしている。
「変わった奴だな。これでも僕は敵だぞ」
「わかってる。でも気になるんだ」
苦笑する男に、真剣な眼差しを送った。
「……タカクマだ」
何か企んでいるのか?




