第二部 第四章 4 ーー 怒りの矛先 ーー
百一話目。
しばく?
叩く?
どうする?
4
何を訴えていたのか……。
何を伝えたかったのか……。
尋ねる隙はまったくなかった。
ただ戸惑いを僕らに残して、女の子の姿は忽然と消えていた。
偶然なのか、女の子が消える瞬間を誰も見ていなかった。
誰もが目を放した隙に消えていた。
まるで時が止まっていたのかと疑うなか、風が舞って意識を戻してくれた。
気のせいだろうか、空の具合が悪い。
さきほどよりも、暗い雲が広がっていた。
どっと疲れが出てしまい、その日は宿屋で気づけば眠っていた。
いろいろと重なりすぎた。
それこそ、こんな不可解なことはもうおかわりなんてしたくない。
本当はずっと眠っておきたかったけれど、頭の片隅にルモイの存在が残っている。
大半があの幻である女の子の存在で頭が回らなかったけれど、彼をこのまま放っておくのも気が引けた。
翌日。
彼とちゃんと話がしたくなり、宿の者にどうすればいいのか聞いたとき、ルモイの状況に驚愕した。
「……ちょっと町のやり方には、疑問を持ってしまうわね」
「まぁね。まさか、昨日からずっとあのままってのは……」
宿を出て、町を歩いていると、自然と文句がこぼれてしまった。
どうしても三人の機嫌は悪くなる。
宿の者に話を聞いたときである。
あのバカは昨日からずっと広場にいる。
ぞんざいに言われ、唖然となってしまった。そこまで粗雑に人を扱っていいものなのか、と。
半ば冗談だと思いつつ、町を歩いていたのだけれど、その冷酷な態度に憤っていた。
「町の連中、しばく?」
「また変なことを。そんなーー」
本気とも取れる口調のエリカに注意していたとき、不意にリナの腕を掴んで引き寄せた。
急な動きに戸惑うリナに、顎をしゃくってある場所を指した。
「リナ、頭を隠して」
奥には三人の男がこちらに向かって歩いていた。
三人は周りの住民と雰囲気が違っていた。
三人はマントで服装を隠しているのだけれど、正面と足元が隠れておらず、見覚えのある服装であった。
あのリキルで遭遇した、金髪男と同じ服装をしていた。
あの集団は、リナを追っている。
三人に気づいたリナが慌ててフードを被った。
「まさか、こんなに早く遭遇するとはね。ツイてないわ」
「どうする? 倒す?」
僕の後ろに隠れて舌打ちするリナに、エリカがまた乱暴なことを平然と言い、指差した。
「そんなことできるわけないだろ。とりあえず、ルモイがいる広場に行ってみよう」
エリカの腕を無理矢理下ろし、リナを隠すようにして広場に向かった。
信じられなかった。
しっかりとルモイと話したかったのだけど、まだルモイはまともに話せる状況ではないように見えた。
「よう。お前らか。どうだ、驚いただろ。この町の不気味さに」
ルモイの前に立つと、恐る恐る顔を上げるルモイ。 まだ傷が癒えていないらしく、目蓋の部分は腫れたまま。
口のなかも切れているのか、喋っていても、モゴモゴと詰まっている。
「お前ら、石碑は見たか? 本当にバカげてるだろ。あんな物で人の死を片づけるんだからな」
まだルモイは丸太に縛りたまま、喋るたびに痛みで頬を歪めながらも、虚勢を張っていた。
僕らにさえ敵意を剥き出しにする姿に、逆に萎縮しそうになる。
「でも、あれは実際に死者を弔う場所だろ。お前がしたことは、死者を冒涜していることに僕は思うんだけど。違うか?」
そう。結果としては、ルモイの行動は間違っている、とつい叱責してしまう。
揺るがずに睨んでいると、ルモイも引き下がろうとしない。
腫れていて、虚ろではあったけれど、目つきの鋭さは変わらない。
「まったく。そんな乱暴なことをしろなんて言っていないでしょ。ちょっとは考えてから動きなさいよ」
呆れて腕を組むリナ。
それでも宥めるけれど、ルモイは唇を強く噛んで反抗を緩めない。
そこでルモイは辺りを見渡す。
住民は誰もこちらを気にしていない。
「こんな町なんて、やっぱ壊れればいいんだっ」
一気に声を荒げるルモイ。
広場に散るルモイの叫喚には、近くを歩いている住民の足も止まり、少なからずルモイに注目が集まる。
「こんな町なんか、テンペストに…… こんな町なんか消えてしまえっ」
ルモイは空に向かって叫んだ。
それは僕らに向かって叫んだわけではない。きっと辺りにいた住民に対しての挑発なのだろう。
数人の通路を歩いていた住民が足を止め、訝しげにルモイを睨んでいた。
住民らを挑発するように、ルモイは口角を上げる。
「そんなこと言うのは危険」
「ーー危険? そんなの知るかっ」
一歩前に出て叱責するエリカにも、ルモイは勢いを止めることはなく、互いに牽制し合って引こうとしない。
まったく。
何もこんなところでいがみ合っているのか。
人見知り壁が発動していないエリカは、一歩も引こうとしない。
それほど怒っているのか。
「ーーお前、リナリアか?」
このままエリカがルモイに叱責するのか心配していると、どこかからか唐突に問われた。
なんだ、その変な三拍子みたいなのは?
それよりも、危うい気がする。




