第二部 第四章 3 ーー 想いを寄せる場所 ーー
ついに百話目。
なんか、長かった気がする。
でも、ずっと私が出てるわけでもないのは納得いかない……。
3
ふざけるな。
罰当たりが。
このバカが。
ルモイを見つけたとき、人だかりのざわめきが肌に刺さることに疑念を抱いていたけど、今、理解した。
集まっていた人らが好奇心から出る言葉ではなく、ルモイに対しての罵倒を発していた。
鋭い言葉を、ルモイを囲んでいた人が容赦なく浴びせていた。
ルモイも拘束されたときに暴行を受けたのか、頬が赤く腫れて目蓋も青くなっている。
視界は残っているのか、と疑うほどに目が見えない。
「……酷いわね」
力なく座り込むルモイの姿にリナがこぼす。
あぁ、と答えながらも、僕はルモイよりも、周りに集まる人に恐怖を覚えてしまう。
誰もがルモイを蔑み、憎しみをぶつけていたのが。
そのとき周りの声に気づいたのか、ルモイの体が動き、顔を上げた。
目蓋も腫れ、目は見えないのか、虚ろな目で呆然としている。
「……お前らは間違っている」
誰に向かってではなく、住民すべてにルモイは吐き捨てた。
「ふざけるなっ。お前、何をやったのか理解しているのかっ」
「罰当たりがっ」
「町から出て行けっ」
張り詰めた風船が弾けたみたいに、ルモイに一斉に罵声が飛び交う。
誰もがルモイを擁護する者はおらず、ルモイは嘲笑で返した。
さらに罵声が強まる。
騒ぎが高まるなか、僕らだけが黙ってしまう。
「どうする? 止めに入る?」
「いや、今は止めておこう。ここで騒ぎを起こすと、逆に目立ってしまうだろうし。それにちょっと行ってみたいところもあるから」
「行ってみたいところ?」
うん、と頷き、
「あ、それとリナ、マントで顔を隠しておけよ」
「ーーん? なんで?」
「なんでって、そのために買ったんだろ」
僕の忠告におどけるリナ。本来の目的を忘れていることに呆れてしまう。
それに、
何か嫌な覚悟がさっきから背中に貼りついていたから。
三人で訪れたのは町の外れ。
そこは整備されていた広場。
芝が一面に敷かれており、四角い石柱が広場の奥に立てられており、石柱を囲うように、白い花が手向けられている。
本来ならば、そうした光景はどことなく墓地に見えただろう。
今は無残にも石柱が倒され、可憐に咲く花を押し潰していた。
辺りの花も踏み散らかされている。
誰かが故意に荒らした様子になっている。
「……無残だな、これは……」
「あいつの仕業?」
「おそらくね」
本来ならば、石畳の通路を進み、石柱があったであろう部分には、礎になっていたはずの四角い石を眺めていると、胸が詰まった。
周りには僕ら以外、誰もいない。
きっとこの場所は町の住民にしてみれば、神聖なる場所なのだろう。
だからこそ、無残な光景から目を逸らしたくて、ルモイを責めていたのか。
「なんか、懐かしい」
「ーーん? あんたたち、こんなバカなことをしたの?」
エリカのぼやきにリナが反応し、マントで隠れた顔が呆れていた。
「ま、僕の場合、祭りの後だったけどね」
脳裏でカノブでの一連がよぎり、気まずさで顎を擦ってしまう。
リナの叱咤する眼差しに耐えられなくなり、頬が引きつりそうになる。
本当に情けないものだ。
「ま、それはいいけど…… それよりも、これだけ暴れるってことは、相当の思いがあってのことなんでしょうね」
しゃがみ込み、礎の石に触れ、疑問ばかりが強まってしまう。
「本当に何やってるんだって思うよ。矛盾しているんだ。こうして弔うなら、生け贄なんか止めればいいのに」
つい感情が表に出てしまい、言葉が荒くなってしまう。
「それだけテンペストを恐れてる。拠り所がほしいんだと思う。だから、必死でこの場所を守ろうとしていたんだと思う」
呟いたのはエリカ。
自分の意見を淡々と喋っていることに驚きながらも、言葉が背中にのしかかって返す言葉が出ない。
「ーーそうでしょ?」
まぁな、と顔を上げ、後ろに振り向きエリカを眺めた。
すると、僕に問いかけていたと思えたエリカは、広場の入り口付近を眺めていた。
どうも、僕に問うたとは思えない。
困惑してリナに「?」と首を傾げると、リナはエリカの視線を追うと、肩をビクッとさせた。
「……どういうこと?」
何かに気づいたリナは、声を震わせた。
エリカの強い眼差しにリナの驚く姿を不審がり、僕も二人の視線を追った。
「……あれって」
驚愕が全身を縛るのに、ゆっくりと立ち上がってしまう。
一人の女の子がゆっくりとこちらに歩いてくる。
悠然と一歩、一歩と距離を詰めるほどに、胸が締めつけられていく。
女の子はある程度の距離を保って不意に止まり、空を眺めた。
曇りもない澄んだ目で微笑み。
「……なんで、お前が……」
情けないほど力なく声がもれた。
目の前に現れた女の子。
それは、テネフ山で見た、赤いドレスの女の子だった。
誰なのかわからない。
ただ、あのとき彼女が現れた直後、アネモネは……。
息が詰まるなか、恐る恐るリナを見る。するとフードを払い、女の子をじっと睨んでいた。
両手をギュッと握り、何かを堪えるように。
「アネモネはどこなのっ。あなた、知ってるんでしょっ」
刹那、リナは叫喚する。
女の子は動じることなく、すっとリナを眺めてくる。その目はやはり澄んでいる。
リナの怒りをすべて受け入れるように。
「……私には止めることはできない。きっと」
女の子は小さく頷く。
「なんなの、それっ。あんたを見て、アネモネはおかしくなったのよっ」
「落ち着け、リナッ」
このままでは襲いかかりそうな様子に、慌てて腕を掴んで止めた。
もっと強く言うべきか逡巡して止めてしまう。
リナが震えていたので。
得体の知れない存在にやはり怯えているのか。
僕らが戸惑うなか、女の子はすっとこちらを見た。それまで穏やかな眼差しだったのに目尻を下げ、曇っていた。
僕らを捉えるのではなく、その奥の遠くを眺めて寂しがるように。
僕らの後ろにあるのは、壊れた石柱。
これを見ているのか?
「時間は動いている。時間は動き出そうとしている」
独り言のように弱々しくこぼした。
「……あなたはなぜ、ここにいるの?」
言葉に詰まっていると、エリカが一歩前に踏み出して聞いた。
すると、遠くを眺めていた女の子はすっと視線を移した。
どこかエリカを見ている。
「私が望んでいるのかもしれない」
それが答え?
意味がわからず唖然とするなか、女の子は柔らかく口角を上げる。
すぐにでも壊れてしまいそうな、儚く脆い笑み。
何かを訴えている。
それがなんなのかわからずもどかしい。
逃げるように顔を伏せるけど、理由が知りたくて再び顔を上げた。
彼女の姿は忽然と消えていた。
いやいや、ここは素直に喜べ。ここまで来られたんだから。
さて、誰かのワガママにも疲れますが、ついに百話まで来ました。
物語はまだ続きますので、今後も僕らの旅の応援、よろしくお願いします。