幕間 新谷岐世①
俺の名前は新谷岐世どこにでもいる16歳の高校2年生だ。
あーでも名前だけは変わってるかも。岐世って名前変わってるでしょ?俺の父さんがデザイナーやってるせいか周りとはちょっと違った名前な事なのが俺の密かな自慢だ。いや”だった”か…。俺に父さんのような芸術関連の才覚はないと言う事に気がついてからは、世界の岐路で道を切り開いて欲しいという父の願いが詰まった名前に日々押しつぶされながら生きている。
今はただ行きたくもない大学に向けて勉強をする日々。
電車に乗り、学校に行き、友達と話し、勉強をし、予備校に行き、家に帰ってご飯を食べて、シコって寝る。毎日毎日この繰り返し。人生で一度だけ彼女ができたときはこのリズムが崩れた事があったが、まぁそうそうこの生活リズムは変わらない。
今日も今日とて学校帰りからの予備校に行こうと駅のホームで電車を待っているときだった。
最初に違和感を感じたのは駅内で流れるアナウンスだった。
「2番線より電車が参ります〜————黄色い線より下がってーお待ちくださいー」
なんていつも間延びしていた声が聞こえていたいつものアナウンスが今日は何だか鈍いのだ。
「2〜〜〜ば〜〜〜〜んせ〜〜〜〜」
なんてふざけた音をまき散らしている。何だ?と思わず耳につけていたイヤホンをとって辺りを見渡すが、皆無表情で目の前の携帯と睨めっこをしながら行儀良く並んでいる。
「…誰も聞こえないのか……?」
「2.2.22.22222222ばばばばばばばばんんんんんん」
アナウンスはどんどんおかしくなる。声のトーンは高く、低く、ハウリングまでし始める。それでも周りは誰も反応しない。
「何が…なに…」
嫌な予感がした。そういって信じてくれる奴が一体何人いるかはわからない。ただあの時の俺はただ”やばい”と思った。椅子に座ろうとする時に画鋲がある事に気がつく様なそんな怖さを感じて、俺は逃げる事にした。
列を抜け出して駅の階段を降りようとした…いや確かに確かに階段に足をかけたはずだった。
気がつくと俺は線路にいて、目の前には電車がいた。
まずい!と線路から逃げ出そうとした瞬間、走馬灯という奴だろうか。沢山の記憶が溢れる。
父さんの姿、母さんの姿、弟の界の事、そして|証《コード|》《・》の事…五つの国の事……ん?なんだこれ?身に覚えのない記憶に体が止まる。
「クレナイ村行き…電車が参ります…」
直後、さっきまでの狂気じみたアナウンスとは打って変わって優しい女の人の声と共に勢いよく走ってきた電車が目の前に迫った姿を最後に俺の意識は途絶えた。
長い間目を瞑っていたような、一瞬のような…。どのくらいなのか正確な時間はわからない。とにかくそんな目が接着剤によって塞がれていたような感覚は突如頬を撫でる様な冷たい冷気と心臓が口から飛び出すかの様な浮遊感で終わりを迎えた。
目を開けると……空にいた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
腹の底という底から声が溢れる。喉が痛くなる。重力を全身で感じながら落ちる。
落ちる。
落ちる。
体に命綱がついているわけでもない。これは現実だ。何秒後かに俺は死ぬ…。姿勢が制御できない。地面を向いたり、空を向いたりと体が定まらない。
嫌だ…死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。予備校に行ってただけでどうしてこうなる?なんでだなんでだなんでだ!色んな思いが溢れる。それでも落下は無情にも続いている。
上空にキラッと光る太陽を見ると二つある。
何で…?もう頭の中は混乱どころか混沌だ。
自分の落下する場所を見ると…どうやら村らしきものと黒い液体があたりに散らばっている場所のようだ。
死ぬ場所としては最悪だ。それでもその黒い水たまりの中に人の姿を発見した瞬間、助けを求めずにはいられない。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!助けてえええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
あらんかぎりの声で叫ぶ。するとその声を聞いた男2人が落下地点に向かい受け止めようとしている。
無茶だ!このスピードに対し、素手でなんて…。言ってすぐに後悔が体を襲う。
激突までもう時間がない。地面がぐんぐん迫ってくる。とにかくこんな事に見ず知らずの誰かを犠牲になんてできない!頼む!止まってくれ!止まれ!!!!!!
そう目を瞑り、強く願った瞬間だった。急に風を切って落ちていく感覚が無くなっていく。
「え?」
と声をあげながら目を開けると、周りに現れた白い光に包まれていた。そのまま訳のわからないまま地面へと無事着陸する。
俺の姿を見て驚いている美男美女3人の姿を見て、この3人が助けてくれたのか?と思い、挨拶と自分の現状を伝える。
しかし、不思議そうな顔をしながら話す3人を見て、どうやら話している言語が日本語ではない事がわかった。
え?ここはどこなんだ?え?と困惑していると筋肉質の男が手を振りながらこちらに何かを伝えようとしている。同時にただならぬ雰囲気を醸し出している黒い男も何か喋りながら俺の元へと歩み寄ってくる。
よくわからんがやばい。そんな雰囲気を全身で感じた。
俺と黒い男の間に、細身のイケメンが割り込んでくる。同時に黒い男の手が肥大化し、イケメンごとなぎ払おうと腕を振りかぶっている。
一難さってまた一難。なんでこんなに死ぬ思いをしなければいけないのだろう。
死ぬ!俺だけならいい。それでもこの人は守らなきゃいけない。
『自分のケツは自分で拭け…男がした事にキチンと責任を持てよキヨ』
いつも父さんが俺にそう言ってくれたことを思い出す。忘れられない記憶。いつも放任主義な父親が口をすっぱく言う言葉をこの死が髪の毛の先まで迫るその瞬間に思い出す。
そんな説教をする時、いつも父さんはトイレでうんこをしながらだった。説得力しかない言葉ではあったけど、それ以上に鼻につくうんこの匂いが忘れられなかった。
気がついたらこんな場所にいて、こんな事になっていて、そんな見ず知らずの人間を命がけで守ろうとしているこの人を守らなければいけない。ここが岐路なのかもしれない。ここを逃して、恩人を見殺したら俺は一生後悔するだろう。
だから!俺に切り開く力を!!!
その思いと共に、何かが俺の中から溢れ出る。溢れ出る情報は膨大でよくわからない。ただ助けられる力だと瞬間的に理解し、目の前の大きな背中に手を置いて力を使う。
次の瞬間自分がいた場所から数歩歩いた場所へと移動していた。
「貴様…それは…」
と何か憎々しげな声で俺に向かって声を発す、黒い人を無視して筋肉質なイケメンと赤がよく似合う美少女の元へと一瞬で移動する。
……あこれ凄い体力使う。もう後数回が限界くさいぞ…。100メートル走を一気に数回走ったような脱力感を覚えながら、残りの二人にも触れて跳ぶ。
目的地は落下の最中に見えた村の端、扉があるほうだ。一瞬失敗するかとも思ったが、無事に3人を連れて、一瞬で移動する事ができた。
同時に襲うさっきのとは比べ物にならない脱力感もう正直限界だ。もうおそらく皆を連れて跳ぶ体力はない。あとはあの黒いのが来なければ————来たわ…。
どうする?俺の体力じゃもう限界だ。すると3人で何かを話し合ったのか、赤い美少女に手を掴まれ、人一人がようやく通れる小さい扉へと押し込まれる。
俺と美少女が外に出た瞬間、扉が崩落した。一体何が起こっているんだと思う間もなく、激しい音が鳴り響く。その音に思わず耳を抑え、目を瞑る。
すぐに目を開けると、10メートルもありそうな柵と瓦礫の山を超えて、細身のイケメンが叫びながら現れる。何かを必死に叫んでいる姿を見て、美少女の顔が歪む。
それでも涙をグッと堪えながら、何かを細身のイケメンと話すと、俺の手を引っ張り、森へと走る。
俺と同じような子達が何故こんな目に合っているのか、なんであの筋肉質なイケメンがいないのか、ここはどこなのか?色んな疑問になんとなくの答えを得ていても、それを口に出したくなかった。ただ二人の必死に走る姿に心が苦しくなった。
獣道を走る。日々、道が整備されていた日本がどれだけいい場所だったのか痛感せずにはいられない。地面は場所によっての凹凸が激しく、木々をかき分けて進むごとにスカンピンだった体力が無くなっていく。
それでも走っている最中に聞こえた後ろからの爆発音と酷い顔をした二人のためにも弱音は吐かない。それでも途中、文字通りおんぶに抱っこで辛い気持ちになった。死にたい。
そしてどれだけの時間がたったかわからないが、ようやく目的地についたのか2人が足を止める。
大きな木だ。この木が辺りの栄養を根こそぎ吸い取っているのか、周りに他の木は生えておらず、森の中にドーナッツの穴のようにぽっかりと空間がある感じだ。
その木の葉はただ燃えるように紅く、紅く美しかった。日本の秋に見る紅葉の葉のようで、ここに来てから初めて見る日本らしさに安心する。
そんな安心感と共に、緊張がとけたのか、木の幹に座り込んだ事を最後に意識を手放した。
……どれだけ寝ていたのかは分からない。ただ暗闇の中で声を聞いた。
『無理やり力を使わせてもらった。多分反動でしばらく動けなくなるけど許してね』
『おい!それって…』
『あっ!また今度ね!』
早い!なんだこいつ話聞かなすぎるだろ。一発殴って…
「待ってって!!!!」
そう声を出しながら手を伸ばすと……目の前にはあの赤い美少女がいた。
「…大丈夫…?」
言葉は分からずとも、心配とヤバイ人…?という感情が混ざった言葉を投げかけられている感じを察知し、何だか死にたくなった。
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「美智子!界を小学校に連れていく時間だろ!」
「あぁ…ごめんなさいあなた……」
「ん?どうした?目を赤くして?泣いたのか?」
「えぇ…でも理由がわからないの…朝からドラマを見ていたわけでもないのに」
「ふぅん…変なこともあるんだな…ホコリかな…この家買ってだいぶ経つし、掃除するか週末にでも」
「私も手伝うわ…。界も言えば手伝ってくれるわ…それに界の隣の部屋一つ空いてるせいで私達だけじゃ掃除大変だもの」
「あぁ…そうだな…界ももう6歳だ。家族3人助け合わないとな…。男なら自分のケツは————」
「自分で拭けでしょう?全く汚いんだから…いつも言いすぎよ?」
「そうか…?………?いや…?界にはそんなに言ってないと思うんだが…」
「あらそう…?変ね?」
「うーん?…あぁ…そうだ!今日はデカい打ち合わせがあるから——」
「えぇ…先に界と食べてるわ」
「よし今度こそ…いってきます!」
「いってらっしゃい〜」