幕間 ソラ①
色々言いたい事があるけど、まずは私とユーとお兄ちゃんとの出会いについて話そうと思う。
私がこの村に来た時、いや…ここに来ようと思ってここに来たわけではない。けれど今思うとそうしたのは必然だったし、自分が願いを持ってはいけないと思っていた昔の私。けれど本当はただ自分の欲しいモノを自分の力だけで手に入れたくて、ただそれだけの思いでこの場所にたどり着いたんだと思う。
初めてこの村に着いた時、もう心も体も限界だった。子供だった私は、ここにくるまでにお金を街の宿屋で騙し取られ、もう一文無しだった。お腹がぐぅっと鳴っているのに、周りに見えるのは火縄牛を飼育している牧場だけ。昼間だっていうのに人だって見当たらない。
「私死ぬのか……」
そう思った。家から逃げてきて、いきがって何もできずに餓死で死ぬ。なんて間抜けな死に方なのだろう。
もう歩く力も湧かず、地面に倒れ込む。
「「「「「もおおおおおおおもおおもおおおおおおお!!!!!!」」」」」
火縄牛達がやかましく鳴く声を聴きながら、ゆっくりと目を閉じ————れるか!!!!!!!
「うるさーーーーーーーーい!!!!!!!!」
心の底から牛達に向けて叫ぶ。すると本当に全てを出し切ったのか、それとも声を張り上げる事に慣れていなかったのか、耐えがたい眠気に抗う事ができずゆっくりと目を閉じる。
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「こいつどこから来たんだろうな?」
「綺麗な顔してるよな。しかも綺麗な青色の髪」
どこからか声が聞こえる。声は二人?何か話している。
「それにしてもこの子を見つけた時はびっくりしたよ。まさか倒れている人間がいるだなんて」
「お手柄だよユジル。俺お前が見つけなかったら、多分気づかなかったぜ?修業にばっか明け暮れるのってよくないなって今回反省したぜ…」
「俺じゃないよ火縄牛達がいつもよりも不安そうな声をあげてるから駆けつけてみればだよ」
「おい…あんまそう言う事言うなよな…ますます食えなくなるじゃん…」
「そうは言ってもお前それ…」
「……言うな…」
ユジル…その名前の主の顔が見たくて、重いまぶたを無理やりに開く。
「私…」
「お!気がついた!」
「初めまして。具合はどう?」
眩しい炎の光と共に、目の前に二人の男の影がぬっと現れた。一人はひょろっとした体と黒い髪が印象的な少年。もう一人は浅黒く、筋肉質な身体、なにより綺麗な赤い髪が私の目を惹いた。
「あっ!僕の名前はユジル。倒れている君を見つけて、ここまで運んできたんだ。そしてコイツが——」
「おう!俺の名前はネンス。この家に住んでいる。」
「あ…ありがとう…」
二人の距離の近さに面を食らってしまい、思わずそう答える。
質問したいことはいっぱいある。なんで助けてくれたの?、ここはどこ?私をどうする気なの?あなた達は何者なの?と聞きたい事が頭の中に次々と浮かんでは消える。何か言葉にしたくて私は思わず、
「わ…私もここで暮らしたい!」
そう言っていた。直後、自分が何を言ったのか我にかえり思わず口を手で隠す。
「私…何を…」
私が願ったらだめなのに……私が願ったら誰かが不幸になる…。何のためにここまで逃げてきたのか…それは何も欲さないためだ。ただの空気になりたくて私はここまで…。そこまで思っていた時だった。
ほっぺたに冷やっとした感触が伝わり、思わず「ひゃっ!」と声をあげる。見るとユジルという男の手の中には冷たい布があった。
「何すんの!?」
口をむっとしながら、ユジルという男を睨む。
「いやまだ無理に起き上がったらだめだからさ…寝てないと…」
「ユジルは優しいなぁ〜俺もこんな兄貴いたらよかったわ」
「茶化すなよ…それで?なんであんなところで倒れてたの?」
「……言いたくない…」
そう言いながら膝を抱えて、丸くなる。
命の恩人になんて言い草なのだろう。自己嫌悪のあまり、恥ずかしくて目を合わせられない。
怒ったかな?呆れたかな?そんな疑問が湧き上がる。
「そっか…じゃあはい…」
そうユジルという男の子が呟くと、ふわっといい匂いが膝と手の防壁を通りぬけて鼻に入ってくる。
顔を上げるとユジルの手には今度は食べ物が握られていた。
「あったまるよ」
そう笑顔で手渡すと、二人は部屋から出て行った。
私は何も声を上げる事ができず、ただじっと二人がででいった扉を見つめていた。手に持っていたスープのお碗の熱のおかげなのかほんのりと体が暖かかった。
それから私は夢中で食べた。色んな事を忘れたくて、目の前でされた事が嬉しくて、ひたすらに食に集中した。
これほど食事を美味しいと感じたことはいついらいだろう?
家にいた時、いつも食べ物を食べていても吐き気がしていた。いつも血の味を感じていた。そんな食べ物を笑顔で食べる姉も、父も母も嫌いだった。
だから逃げ出した。私には才能も、この家に殉じる覚悟もなかった。
そんな7歳の少女が街に行けば当然、悪い大人は目をつける。
騙す。騙す。騙す。自分よりも何歳も大きい大人達がよってたかって私から奪っていく。あぁそういうものなんだと思っていたのに
「こんなことってあるんだ…」
人生で一番美味しいスープを食べながら、私はまたベッドの上で涙を流した。
「おう落ち着いたか?」
食べ終わってしばらくして、ネンスと名乗っていた少年とさっきの少年の代わりのように黒髪と白髪が混ざった優しそうな大人が入ってくる。
「…?さっきの彼は?」
「あぁユジルか。あいつは夜遅いからって帰ったよ」
たく…変な気ィつかうなよなーとぶつくさと呟いているネンスを見ながら、そっかー帰っちゃったか…と少し残念な気持ちになった。
「んだよー話したかったのか?」
「な!?別に!」
「ふーん?おいしかったかそれ?一応俺の手作りで、火縄牛の骨を出汁にしたスープだったんだけど」
「……うん……おいしかった…凄く…」
私は顔を真っ赤にしながら答えた。さっきあんな態度をとったのに、どう接していいかわからず恥ずかしくなった。
「あぁ!扉から見てたぜお前!いい食いっぷりだったよな!涙を流すほどそんなに腹減ってたのか!!!太るな!!!!!」
「ふとっ!?」
と笑顔で答えるユジルに反射的に手が出てしまう。でもこれは仕方がない。私だって乙女なのだ。乙女の秘密を見た。しかも面と向かって太るなどと。そんな事を言われれば『常に淑女であるように』なんて家訓はどこかに吹っ飛ぶ。
後先考えない全力のフルスイングから繰り出されたビンタがネンスの頬を襲う。そしてスパアアアンといい音が部屋に響く。
「あっ…」
ついやってしまった。恩人に対してなんて事をと思った瞬間、目に飛び込んできたのは
「ふい…危ない。修行のおかげでだいぶはやく出ろって思ったら出る様になってきたぜ」
と思いっきり引っ叩かれたはずなのに、なに事もなく笑うネンス…ではなく、腕に光る証に気がついた私は思わず驚いてしまった。
「あなた…それ…」
「ああこれな…俺持ってるんだ…でもそれはあんたもだろ?」
そう言いながら私の鎖骨にある証に目を向ける。
「いや首元までボタンをきっちり閉めた服を着てて寝てたら、あんたの息が苦しいかと思ってボタン少し開けたら見えちまってな…悪い。あんた寝てる間ずっと辛そうだったから何かしてやれないかなって…お節介だったか?」
なんだか不思議な事に嫌な感じはしなかった。証持ちだと価値を値踏みされるあの目ではなく、ただの真っ直ぐな目で見られている。それが何となくわかった。
「いいわ…私こそ手をあげちゃってごめんなさい。痛かったでしょ?」
「ふっふっふっ…全然さ!何より俺は鍛えてるからな。ユジルの事は俺が守んなくちゃいけないんでな」
「ユジル…」
「そうよ!お前を見つけた恩人!いい奴だよな!」
「それはあなたもでしょ…」
今だって茶化しながら私を心配している。あぁこの人は裏表がないだけなんだとわかると自然と笑みが溢れる。
その事が嬉しいのかネンスも一緒に声をあげて笑う。
「「はははははははっっ」」
あぁ…楽しい。会話を楽しむなんていつぶりなのだろう。こんな幸せを私が感じていいのか?早くどこか違う場所に逃げなければいけない。そう頭ではわかっていても私の心はでももう少しだけと体を動かそうとしない。
「少しいいかな…」
今までネンスの横で話を聞いていた人がゆっくりと口を開く。
「初めましてお嬢さん。私の名前はクリム。ここクレナイ村で村長をしている。ここにいるネンスは私の息子でね。この子達が倒れている女の子を見つけたと聞いたときには心臓が縮み上がったが、普通の子でよかった…」
そう穏やかに話すクリムという村長とネンスを見比べてみても、とても親子と言えないほど似ていない。それでもそう言いたいのをぐっと堪えて
「ありがとうございます」
と一言お礼の言葉を口から出す。
「それで…さっきネンスから聞いたのだが、君は何故ここに住みたいなんていったんだい?」
その言葉と共に、部屋の温度が下がる。これはいつも父親が怒る時のようなそんな空気が私の体を押さえつける。
私なんでそんな事を言ったんだろう?
逃げてきた先が偶然ここだったから?——違う。村の雰囲気が良かったから———違う村なんて見れてない。
じゃあなんで?———
「私は…好きにしたかった。自分で選びたかった…。だから私を心配してくれた貴方達が眩しくて私は…ただ楽しく生きたかった…」
めちゃくちゃな言い分。こんな事を言ったらうちの父親ならきっと怒り散らかしていたと思う。
少し間が空いて、村長がゆっくりと口を開く。怒られる…そう思った。けれど村長はただ笑顔で
「そうか…」
とだけ言うと、私の頭を撫でた。
「これからはうちの子だ。部屋はネンスの隣、それから君を見つけたユジルとも仲良くしてあげてくれ」
そういうと村長————いやお父さんは部屋を出て行った」
「えっと…あの…」
何を言っていいのかわからず言葉に詰まる。こんな短時間で決まっていいのか。何で私を信用してくれるのか。
「なんだよ?俺の呼び方かぁ…?お兄ちゃんでいいよ……とお前の名前を聞いてなかったなんて言うんだ?」
真っ直ぐと私を見るネンス。あぁそんな事で悩んでたんじゃないのに…もう底なしのバカだね…
「……ソラだよ…。ソラ・エルス。よろしくお兄ちゃん…」
————これが私にお父さんとお兄ちゃんができた日。気になる人ができた日。そして今までの私の家族との縁を切った日。