5話 現出
「ネンス…ソラ…ごめんなこんな事になって…村長のこと…本当に…」
座り込んだ俺は、改めてこんなことになってしまったことに、二人を巻き込んでしまったことに謝る。
「ユジル…お前が気にすることじゃねぇよ…」
その謝罪をいいよと腕を振って応えるネンスになんとも申し訳ない気持ちになる。
「いてて…」
「……!?ネンスお前どっか痛めたのか?」
「あぁ…父ちゃんの爆発からお前らを庇った時に背中に家の木材が当たったみたいでな…しばらく安静だなこりゃ……悪いなユジル俺の世話は頼むぜ!」
「…お兄ちゃんは馬鹿だからね…本当に馬鹿だから。こんなお兄ちゃんだからお父さんも愛想尽かして消えちゃうんだよ…」
軽い口調で話すネンスとソラ。今日一日で失ったものばかりなのにそれでも笑っていられる二人の強さ。二人の出自のおかげ————いや…それは二人への侮辱だ。二人はただ強いのだ。俺よりも心が強いのだ。
俺も見習わなければダメだな……。
「それにしても…村はもう…」
辺りを見渡すと、焼け焦げた炎の匂いと跡、そして黒の兵隊達の黒い液体だけが、飛び散っていた。
綺麗だった村が気がつけば…だ。
ネンスとソラと村長だけが村での癒しだった自分がこの光景を見て悲しい気持ちに襲われている事に正直驚いている。俺にとって辛い思い出ばかりの村や村人達への思い出。殴られた思い出、蹴られた思い出、無視をされた思い出、迫害された思い出、飢餓の思い出。死のうとした思い出。
正直どれもこれもロクな思い出ではない。
そんな思い出があっても俺はこの村のことがどうやら嫌いになれなかったらしい。
それはやっぱり、ネンスとソラ、そしてやっぱり村長のおかげだったのだろう。おかげで、目に見えているこんなクソな村がやっぱり自分の故郷なのだと痛いほど伝わってくる。
「よし!二人とも、村長のお墓を作ろう。俺達でちゃんと弔ってあげよう」
「ユー…うん!」
「そうだな…。俺達の父ちゃんだもんな」
その時だった。
ネンスが言葉を言い終わったその瞬間————
ゴウッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
そんな俺達の会話が消えるほどの大きな音とともに村長の家の瓦礫の山からいきなり、黒い水が溢れ出した。
「えっ!?」「なっ!?」「何っ?」
自分達がいた場所の後ろからいきなり轟音と共に溢れ出た黒い水にその場にいた全員が驚きの顔をする。
その黒い水は天を衝かんとする勢いで空に向かって勢いよく飛び出す。そして空の白い太陽を覆い隠す様に拡がり…そしていきなりそれは弾けた。黒い水が村中に降り注ぐ。
「なんだ…?」
目の前で黒い兵隊を灼いていた俺の炎が黒い水に触れた瞬間とキィィンという嫌な音と共に消え、『黒の兵隊』が動き出す。
「まずい————」
「黒い…雨…?」
ソラとネンスは呆然と空を見上げている。見た事がない光景に動きが止まる。
俺だけは炎を通して一瞬で何が起こっているかを理解する。原理はわからない。ただ事実、あの黒い水は俺の炎を消す。ネンスは負傷、ソラは動けない。俺もガス欠。戦力を冷静に分析、状況が最悪なことが瞬時にわかる。なにより…
次の瞬間、村中に散らばっていた炎の反応が次々と消えていく。それはつまり村中で展開していたユジルの証——炎の全てが停止した事を示している。
俺の証が機能しない。あの黒い水のせいか。
「くそなんだよコレは!!」
思わず空から落ちる黒い雨に怒りをぶつける。さっきまでの順調はどこへやら、不穏な気配が場を支配している。
「あっ…………」
……未だ吹き出している水の中に誰かがいる。最初にその事に気がついたのはソラだった。弓兵としての賜物なのか、確証もないままに抱きしめていたネンスの腕を払い、弓を構え、躊躇いもなくそこに撃った。流石の早技と胆力。矢は真っ直ぐと凄まじい速さで飛んでいく。
その動きに驚きながら俺とネンスも矢が放たれた方を見やる。確かに矢の先、水の中に何かがいる。
当たる!——そう思った瞬間、水の中からぬっと現れた黒い手に掴まれ、弓は一瞬で黒くなって消えた。
何が?と思う間もなく、その腕の主がゆっくりと水の中から現れた————。
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ソレはずっと少年達を見ていた。ソレはずっと少年達を愛おしいと思っていた。それはずっとこの身体が生きている事が煩わしかった。だがらずっとこの時を待っていた。自分が自由に動けるようになる瞬間を夢見ていた。ようやくこの時がきた。奴の縛りがなくなるこの時を。嬉しくて待ちきれなくて、ユジルにネンスにソラに声をかけた。自分の事を認識される事なく、このガワとの会話を楽しみ、涙を流す少年達を見るのは苦痛だった。自分が自分が自分が!自分ならそんな事をさせないのに、自分なら彼らを幸福にできるのに。顔も名前も三人は知らないのに、無茶な話だ。その怒りでどうにかなりそうで、外の正門周りに待機させていた兵隊共にコッチに来る様指示をだす。するとこのガワは『そうはさせん』と自分の身体もろとも自爆しようとするではないか。ああ…危ない。これはあの子達に認識してもらうための洋服なのだ。傷つかない様に………あぁ………いや…いいか…別に……多少汚れてもそこは自分なりのアレンジを加えればいいのだ。それで完全にこのガワの意識は消えて私のものとなる。
……………ようやくだ…。ようやく手に入れた。ようやく自由に動ける。おっといけないあの子達と会う前におめかしをしないのはしつれい……というやつだったな。そして何かを呟くとボロボロだった小柄な老人の姿が変わっていく。肌は綺麗に、背は伸び、白い髪が、綺麗な黒へと変わり、衣服もまた黒で統一したものへと変化する。
さて…どうやらユジルは私の兵隊を大方撃退したようだ…。ならそろそろ感動の再会というやつだろうよ…。すると男の足元にある黒い水が震える。次の瞬間男を飲み込みながら上へ上へと吹き上がる。
男は上へと上がりきると、村の惨状を見て口元を歪める。何もかも予定通り、何もかもが…。余りの嬉しさに声を上げて嗤おうとした瞬間、一本の白い矢がこちらに飛んでくる。…ああこれはソラか…。水の中にいる私に気がつくとはなんと聡い子なのだ…。あぁ…そんな殺意を向けられてはこちらも昂ってしまうではないか…だが抑えろ…優しく…優しく掴むのだ…。
男の腕が巨大な手へと変わり、目の前に迫りくる矢をぱしっと掴む。
手の中に感じる純粋な殺意。あぁ…もう我慢ができない。男の顔はまさしく破顔と言う言葉が似合う醜悪な顔をしていた。
そして男は自身の願いを叶えるため、その水の殻から姿を表す————。
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……悪意を感じる。おそらくこれは俺の証の力の副産物だったのだろう。今まで無意識に使っていた悪意を感じ、視る事ができる力を今初めて意識して使う。
ソレは水で姿が隠れていても隠せぬほどの巨大な黒だった。今まで見た事がない悪。
この村で初めて『黒の兵隊』を見たときにも感じていた嫌悪感、殺したくなる憎さ、涙を流して逃げ出したい衝動に駆られ、何故か懐かしさが同時に俺の胸を襲う……。自分の感情が制御できない。とてつもない黒。あいつらの比ではない存在。
恐らくこいつが『奴』。
矢が黒い腕に阻まれ消えた瞬間————
「起動!!」
ネンスが飛び出した。ひと目でアレがヤバイと判断し、今できる最高の跳躍と最高の蹴りをお見舞いすべく、ネンスは地を蹴る。
その動きに合わせるかの様にソラも弓に二射目を放つ。そこに先ほど止められた動揺を感じさせない優雅な所作とともにソラの指から二発同時に音速の弓矢が発射される。
ネンスの本気の蹴りが当たれば、体は粉々、ソラの弓を受ければ当たった部位は弓矢にくり抜かれる。狩りで何度も見てきた二人の必殺の一撃。それがネンスの背後から迫る。相手からは見えない二つの矢。まさに必殺だ。
どちらの対処を間違えても、致命傷は避けられない。
『奴』が水の中から完全に姿を現すその瞬間を突いた完璧な奇襲は、唐突に奴の姿が消えた事で不発に終わった。
ネンスの必殺の蹴りが対象を失い、空を蹴る。
「っ!!おい!!!消えたぞ!!!!何か見たか!?」
空中からネンスの声が響く。
「ううん!!!私ずっとあいつを見てた。でも次の瞬間、ふっと消えたの。幻みたいに!!!!!」
「あいつは一体…」
ネンスも地面に着地し、俺達へと合流する。
「とりあえず辺りを警戒、背中合わせ!!!」
「「了解!!!」」
急ぎ俺達は背中合わせで辺りを索敵する。何も感じない。何もいない。
あいつは一体どこへ消えた?気がつけばあの大量の水も水柱も消えている。
消えているのに、相変わらず炎は出すことができない。
何が————そう思った瞬間、俺はこの現象に覚えがある事を思い出す。
この感じ、コレはさっき…………
「そうさ…あのガワが使っていたものさぁ……」
ねっとりとした声が耳元に響く。いつの間にかソレは目の前にいた。
そうか、消されていたのかコイツに————。
「…答えろ…お前は何者だ」
俺達のよく知る人に似ていたそれは、笑顔で気味悪く笑いながら、
「私はディー……………ディー・クリム…いやそれは前の奴の名前だな……私はあいつとは違う…。そうだな……ディー・クライムだ。改めてよろしくネンス…ソラ…ユジル…私がこれから君達の親となろう…」
そう妖しく笑いながら異形な大きな右腕でこちらに手を振りながら男は俺達の目の前に現れた。