3話 消失
「おかえり」という言葉と『待っていた』という二つの声が真っ暗な部屋に響く。
その声に返答できるものはいない。ネンスもソラもオレも余りの事に驚き固まってしまった。
「……お前達が固まるのも無理はない…ワシから話そう」
そう言うと村長は俺達に話し始める。いつも俺達に授業をするかのようにゆっくり、そしてはっきりと。
「外の状況…あれは偶然ではない。今日という日が来る限り、避けようの無い事だった…。あの黒いのが発生するのは決まっておったし、ワシがこうなるのも決まってい————」
「なんでだよ!!!!!!!!!」
思考を取り戻したネンスの怒号が部屋に響く。
「なんでそんな平然としてんだ!なんで父ちゃんが外にいる奴らみたいに黒くなってんだ!心配して俺達はここまできたんだ!怖かったのにさ!なんでこんな事になってんだ!なんで…なんでなんだ!!なんでそんな風に落ち着いていられる!?おかしいだろ!!!」
「ネンス…」「お兄ちゃん…」
「……ネンス、一度ワシの話を聞いてくれ。お前の怒りもわかる…だが時間がない。ワシがコレに呑まれる前にお前達に可能な限りの真実を話したい」
村長にまとわりつく黒いものはまるで木の蜜に集る虫のようにウゾウゾとまとわりついている。…吐き気がするほど悍しいモノを体に纏わりつかせながら、いつもと変わらず笑顔を作る村長に圧倒されたのか
「……………………わかった……」
長い逡巡の果て、ネンスも聞く事を選択したらしい。…と冷静ぶっている俺も服の裾をソラが掴んでなかったら、ネンスが叫ぶのが後少しでも遅かったら同じ事をしていたかもしれない…。きっと俺は今酷い顔をしているのだろう。
こちらを見た村長がなんとも言えない顔をこちらをむけている。
「すまんな…」
そう小さく息をこぼしている。
「……話を続けるぞ…。あの黒い奴の正体だが、あれはこの土地の持つ悪意が溢れた結果…とでもいうものだ」
「悪意…?」
「そうじゃ…お前達も知っている通り、この村には元々番火という炎があったことは知っているな?」
「…うん。悪意だけを祓い、土地を守るありがたい炎だってお父さん前に話してくれたよね?」
「うむ…ソラの言う通り、番火とはこの村を守ってくれていた存在だった。そんな炎もある時それは消えてしまった…。その後からじゃ、この土地に悪意が蓄積されるようになったのは。
そもそもこうした事件が起きるのは初めてのことではない。この村を最初に築いた村長も悪意に焼かれて死んだ。その次も…また次も…。そうした真実の歴史を村長となったものは知るのじゃ。ワシも先代から手記を渡されて初めて知った。曰くここ数百年は落ち着いていたらしい。争いもなく平和に暮らせる村、とても手記に書かれている様な事は起きない…そう思っていた…だが甘かった…。もっと早くに気がつくべきだったのじゃ…。番火のおかげで平和が保たれていたということに…」
「それって…」
「ユジル…お前の想像通り、番火が村に巣食う悪意を焼き祓っていた…。
しかし……番火の消失と共に村人達の中に少しづつ黒い悪意……いや黒い炎が溜まっていったのじゃ。ワシもこうなってようやくわかった、この炎に犯されるとどうなるのか…。黒い炎に犯されると全てのモノが理由もなく憎くなる。理由もなく殺したくなる。コレはそういうものだ。ユジル…お前が何かをしたわけでもなく、皆から死を望まれていたのは、それじゃ。ユジルとネンスもそう…。あいつらは外から来たお前らが敵にしか見えていなかった。あのままではお前らが成人の儀を迎える前に殺されると考えたワシはコレを使った…」
すると村長の黒くなった腕に黒く光る証が現れる。
「それは…」
「黒!?」
「そう…証じゃ…」
「ちょっとまて…父ちゃん証はもってない…ってそう何度も言ってたじゃねえか…」
そういいながら詰め寄るネンスの動きが次の瞬間固まる。
「…え?消えた…?」
ネンスはまるで村長の姿を見失ったかのように手をあたりに伸ばしている。
「なぁ…ソラ…。ネンスは何を言ってると思う?村長は確かにソコにいるよな?」
「…うん…一歩も動いた様子はないよ…」
「…今のはネンスの眼からワシの存在を消したのだ…」
その言葉と共に証の力を止めたのか、ネンスが再び村長を認識する。
「これがワシの証『消失』じゃ…。力はなんてことはない…。そこにあるものを対象に認識させないそれだけじゃ…」
「………村長が証を使えるのは判ったよ…。でもなんでその事を今まで黙っていたんだ?そしてソレでオレ達の何の認識を今まで消していたんだ?」
自分の身に起きていたことの原因がわかった気がした。『まさか』という想いと『そうだ』という想いがせめぎ合い胸が締め付けられる。
「…聡いな…ユジルお前は…。————正直に言う…。ワシはお前らに断りもなく二つ…消していたものがある。
一つはお前達の存在を村人全員の頭から消したのじゃ…お前達がある時から皆から無視される様になったのはワシが原因じゃ。ワシ以外からは認識できない。だからお前達はまるで透明人間の様な状態で今まで暮らしてきたと思う。その地獄はお前達にしかわからぬ地獄。そんなものを作ってしまったのはワシじゃ…。ユジル、ネンス、ソラ…お前達3人にワシは怒られても、殺されても仕方がない…そう思っている。お前達のためにやった事だとしても、お前達はきっと納得しないし、許せないだろう…」
「そんなことねーよ!」「「ない!」」
その言葉を遮る様に俺達3人の声が重なる。どうぞと俺とソラはネンスから話してと目配せをする。
その目配せが伝わったのか、頭をガシガシと掻きながらネンスが口を開く。
「父ちゃん…オレ達は父ちゃんの息子だ。確かに周りからいじめられたし、辛いことも沢山あった。何度も死ぬかもなんて考えたこともあった。でもそれを守ってくれてたのは父ちゃんだ。例え本物の父ちゃんで無いとしてもオレ達子供はきちんと親が愛情を持って接してるかなんてわかんだ…。だから父ちゃんがオレ達のためにやった事なら文句はねーよ。それに難しい事を考えんのはユジルの仕事だからな!オレはただこの証でソラとユジルを守る!それだけだ!!」
「ユジル…」
その言葉に驚いたのか村長は目を見開いてユジルを見る。
「ワタシも…お父さんがいたからここまで来れたし、それにユーとお兄ちゃんと一緒に大人になれた。言いたい事は全部お兄ちゃんが言ってくれちゃった…。やっぱり兄妹だなって…。えへ…ワタシも辛いことはいっぱいあったけど、今生きていられるのは皆のお陰…です。だから…ありがとう…お父さん…」
「ソラ…」
「…オレは家族じゃ無いけど…それでも村長には本当に助けられた。家もくれて、勉強も教えてくれた。この短刀だって俺が仕事を始めるにあたって貰ったし、まるで本当の息子の様に接してくれた。ありがとう…本当に。返しきれるかわからないけど、これからこの恩を一生懸けて返したいと思ってるよ。決して…決して恨んで無いよ」
「ユジル……全く年寄りを泣かすんじゃないわ…。まさか最期の時に最も幸福な時間を送る事ができるとはな…ワシからも言わせてくれ…無事に大きくなってくれてありがとう…お前達とは血が繋がっていなくとも本物のワシの子供だと思う。お前達のことをこの世の誰よりも愛しているぞ………心から……」
涙ながらにオレ達への感謝を告げる村長。なんだかまるでこれから死ぬかのような…最期の別れのような———
次の瞬間、村長の体に纏わりついていた黒いのが一斉に体を駆け上がり始めた。
「逃げろお前達……もうワシはこいつを抑えておけない。今まではワシの証の力でお前達の存在を……隠していた。だが成人の儀を行うことに集中したせいで、お前達を隠しきれなくなってしまった。朝の火縄牛達の虐殺はそのためじゃ。村から離れている間に村に『黒の兵隊』を作り上げ、『奴』はお前達を待っていた…。逃げろ!早く行かなければお前達も呑まれる!」
村長の首より下にあった黒いモノが顔へと這い上がり、顔の半分が黒に染まる。
「セ……成人の儀はお前達がこの部屋に来たと同時に展開し、事前に準備を……済ませておいた…。後は……お前達が………したい事を宣誓すれば…完了じゃ…」
息も絶え絶え、そんな状況でもまだ村長は言葉を紡ぐ。俺達のために。————ならここで言うのは同情や心配事では無い。成長した姿を見せる事だ。
「俺…ユジル・フィールドは村の外を出て、この世界を見る!もしその黒の兵隊が暴れてたら必ず倒す!俺は人に寄り添う人間になる!それが村長の…『父さん』の教えだから」
二人の道になる。そんな決意が黒い部屋の中満たす。大人の様にきちんとした事は言えない。それでも今俺がしたい事をはっきりと村長に伝える。
「……俺…ネンス・アトランシアは村の外を出て、ユジルとソラと共に世界を周って守る。難しい事はわからんが俺は父ちゃんから教わった正義を信じ貫き通す!!!!」
遅れてネンスも宣誓する。すぐさま動きたいはずなのに、拳をギュッと固めながらネンスは俺の宣誓以上の大きな声で叫ぶ。
「私…ソラ・エルスは村の外を出て、二人と外に出る!二人を弓兵として守って、もう二度と悲劇を繰り返さない。大事な人に守られるだけのお姫様じゃなく大人として、狩人として皆を導く!もう泣き虫は卒業します!その自信をくれてありがとう……お父さん…」
三者三様の宣言。言葉遣いも何もなっていない。子供の戯言。普通なら何を言っているんだと流すような言葉だ。
それでも三人をずっと見てきた村長ークリムには本当の名前で語る彼らの覚悟がはっきり伝わった。
その宣誓と共に地面が白く光り、その光が俺達の体にぶつかって消える。次の瞬間、俺達の体に一瞬証のような模様が現れ、消えた。それと同時に一刻も早くここをでなければいけないと言う思いが胸から溢れ出す。
「コレは……?」
これが成人の儀を終えたと言う事なのだろうか?
俺だけでなく、二人も驚いた様に自分の身体を見つめている。
村長だけは、ワケがわかっているのか、俺達を順に見て満足そうにしている。
「よかった…ワシはもう安心じゃ。村長として、最後にお前達にやれる事は全てできた。…ユジル、お前にかけていた消失を解除した。何を隠していたのか、何故そうしていたのか訳は自ずとわかるだろう…。さてワシも最後にもう一つ親として最期の意地を見せるかの…」
そういうと村長の腕にあった白い証がすごい勢いで身体中に拡がる。————アレは…昔、証の授業の中で村長が教えてくれた証を過剰に使う事で起きる…
「『ヴァジュラ・ドライブ』だ!皆部屋からでろ!!!!」
俺の言葉と共にネンスが証を起動し、俺達を抱える。凄まじいスピードで部屋を出て、家の外へと飛び出す。
———その直後黒い閃光、遅れて激しい音と共に村長の家だったモノが吹っ飛んだ。その余波は村長の家だけでなく、周りの家にまで及んだ。屋根は吹っ飛び、壁は剥がれ落ちる。ネンスが家を飛び出すと同時に地面に証の力を使って地面に大穴を作っていなければ衝撃で恐らく死んでいただろう。
「うっ…お父さん……ぅぅ…」
「泣くなソラ!俺達は宣言したんだ。だからしゃんとしろ!」
「…ははっ…宣誓中はあんなにカッコよかったソラとは思えないな…。相変わらず……いつまでたってもソラは泣き虫だな」
「だってえ……」
そんな軽口を叩いてはいるが状況は依然最悪。ソラが思わず泣きたくなるのもわかる。今ので俺達を愛してくれていた人はいなくなった。おまけに穴の外を覗けば今の爆発で村の正門に集まっていた黒の兵隊達が集まってきている。
「絶体絶命だな…笑うしか無い程に最悪だ」
しかし思わず笑うしか無いこの状況でも不思議と不安はない。二人に守られるばかりではなく、もう二度と大切な人を失う悲しみを作らないための俺の力の証…
ユジルの腕には今までそこに無かったはずの証が赫く煌々と煌めいていた————。
すいません。ネットワークの問題で少々遅くなりました(汗)