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2話 震える足で

俺達はただひたすらに走った。いつもの帰り道をこれほど早く走った事が今まであっただろうか?



いつも仕事が終わってこの道を歩くときに胸に訪れるのは寂しさだった。


二人と別れた後、暗闇の中を独りで家に戻るのが嫌でいつもゆっくりゆっくり帰っていた。

そんな寂しさが二人にはお見通しだったのかよく家に招待してもらっていた。彼らの父親でもある村長からはよく勉強や狩りの仕方を教えてもらった。学校に行けないオレにとってはそんな村長の授業は毎日とても刺激に溢れていた。ネンスとソラも一緒に村長の教えを受けていたので、小さな学校みたいでいつもいつも楽しかった。


そんな色んな事を教えてくれた村長はオレにとっても父親のような人に感じていた。ただの子供で生きていくためのお金がなかったオレに家の近くの空き家にも住まわしてくれた、仕事もくれた。知識を与えてくれた。本当に感謝してもしきれない。村長がいたから俺は日の当たる場所に居られた。ソラとネンスの二人がいたから今日まで楽しく生きていられた。今があるのは村長とネンスとソラのおかげだ。




だから村に着いて少しだけ空いていた裏門の扉から村の様子を覗いた時、オレはその光景に視界がぐらつき、吐きそうになった。

黒い()()()が歩き回っている。ソレが通った後には沢山の血が花畑のように地面をカラフルに彩っている。


()()は何だ?黒い人間?全身真っ黒、外見だけなら人間だ。ただ目や鼻といった顔の部分が見当たらない。ただ真っ黒な色をした人間のような見た目をしたナニカだ。けれど一歩…歩くたび足が崩れる、ありえないところから足が生え、歩行を続ける。足の数も手の数も減って、増えてと定まらない。頭も溶けて、戻ってとそんなものを見るだけで、胸の辺りがムカムカと形容し難い気持ちになる。


アレは何なんだ…?


見ているだけで嫌悪感が止まらない。初めて見るのに殺したくなる憎さを感じる。初めて見たのに涙を流して逃げ出したい衝動に駆られる。初めて見たのに………何故か懐かしさを感じる……。自分の感情が制御できない…。アレは何なんだ…?


オレは扉を開けて村の中に入る事ができなかった。怖い…。今日何度目かの恐怖が俺の心を襲う。それはネンスとソラも同じなようで、扉から足が動かない。二人は証を持っていて、オレよりも強いのに…それでも震えている。…アレは化け物だ。正面から行って勝てる相手じゃない。恐らく火縄牛を殺した犯人とも関係があるのだろう。普通に出ていけば次の瞬間に死ぬのは目に見えてる。


怖い!怖い!怖い…。


自分の中で危険信号が絶え間なく鳴っている。もう一人の自分が二人を連れて逃げろとそう叫ぶ。その声に従いたい自分は確かにいる。それでも———


オレは震える二人の顔を見る。オレの原点は二人の出会いだ。二人と会えたから村長にも会えて、オレは今こうして生きている。なにより俺自身この惨状を見て村長を助け出したいと思った。だからこそ、二人が最もしたい事のためにいつだってオレが力を貸す。それが二人への返しきれない恩返しだ。


「……オレ行くよ……」


震えながら俺はそう呟く。


「………え?………」


この距離じゃなければ聞こえない様なか細い声がソラから漏れる。


「…行くよ…オレ…行く…オレは…お…オレは…村長を助けに行く」


ずっと震えていた声が決意と共に力を体にくれた。小さな、しかし確かな力強さを持った言葉が口から溢れる。震えは止まった。


その俺の宣言にネンスは思いっきり俺の胸ぐらを掴む。


「……お前…あれがわかんねぇのか?村は壊滅したんだよ…!」


こんな弱々しいネンスを見るのは初めてかもしれない。底なしの自信と明るさが武器のネンスの顔から一切の余裕がない。現に今も声に反応してあの黒いのが襲ってこないか心配しているのかチラチラと瞳が動いている。


「オレが…オレが甘かった…。敵を一人だと思い込んでいた。人間だと思い込んでいた。もしアレが父ちゃんがよく話してくれていた『黒雨(こくう)』による化け物だとしたらあんな存在に勝てるわけない。

それに…多分もう父ちゃんも死んじまってる。アレは俺達子供がどうこうできるもんじゃない。


ちょっと仕事してお金貰って力もあるからっていつのまにか浮かれちまってた。俺なら何でもできるって。調子こいてた。……ッハァ…オレは……ガキで何もできないお子様だ。何のための証なんだ。もうわかんねぇよ…」


はぁ…と息を吐くネンスの胸ぐらを掴む手が緩んでいく。


「オレらにできる事はここから逃げて、隣町か国にむけて応援要請を出す。それがオレ達子供にできる事だよユジル。だからオレらだけでも逃げよう…オレはお前までも失いたくねぇよ。オレにとってお前は初めての友人で初めての親友なんだ…」


「…そうだよ…ワタシも反対…村がこうなった以上、せめて生きてるワタシ達だけでも無事でないと…父さんに…会わせる顔がないよ……ワタシは!二人に…ユジルには死んで欲しくないの!だから逃げよう……」


そう涙ながらにソラも俺の服の裾を掴む。自分の父親の事で頭が一杯のはずなのに…本当は助けに行きたいはずなのに。二人は————。


「…まだ死んだと仮定するのは早いだろ…?『眼で見て確認するまで、決めるな!』って教え忘れたか…?」


「だからっ…!」


「そうだ…だからオレが確認しに行くんだ。」


ネンスの声を遮るように、力強く、ネンスの眼を見て話す。


「オレが二人の代わりに村長を見つけて連れ帰る。だからそれまで二人はここで隠れててくれ」


「お前…!」


「ユーダメだよ。あんなのに勝てる訳ない。見つかったら殺される…。奇跡なんてないんだよ?死んじゃうよ…逃げよう……ね……?」


「死ぬつもりはないよ…ただ……ただ俺は忘れ物をとりにいくだけだよ」


ぐちゃぐちゃだ…。いつもの二人からは想像できない程、顔を歪ませ、手を震わせている。その二人の顔を今からもっと歪ませるとしてもその先の笑顔のため俺はいかなければ行けない。


それに成人の儀皆で受けたいしね。ここで死ぬつもりなんてないから……じゃ行くね」


だから俺はそんな罪悪感に後ろ髪を引かれながら、精一杯の笑顔を二人に作る。


「………あ……」「ユジル…」


笑顔の効果のおかげか簡単に二人の手を振り切り俺は扉の先に駆け出していく。もう震えない。震えている暇なんてない。二人のために…オレは死力を尽くす。


決意と共に扉を開ける。木造で古いせいかギィッと軋む音が響いたせいで肝が冷えたが、どうやらあいつらはこっちに気付いていないみたいだ。遠目で見る限り大多数は村の正門側に集まっているようで俺のいる裏門側には2体しかいない。村長の家は村の真ん中にあるから他の家を影にして向かうしかない。


「…とりあえず村に入る事はできた。ここから村長の家に向かって、村長を見つけて、担いでまた裏門から出る…よし!行くぞ!」


自分に発破をかけながら進む。徘徊しているしている2体にさえみつからなければ、村長の家まで真っ直ぐ進むだけだ。そう自分に言い聞かせながら。


足音を立てずに息を立てずに進む。徘徊している2体は村の隅に行ってから一歩も動こうとしない。今がチャンスだと走り出したしたい衝動を押さえ、ゆっくりゆっくり進む。あいつらが何で判断しているかわからない以上見られるわけにも、音を迂闊にたてるわけにもいかない。いくら慎重になってもいい。見つかったら死だ。それに建物を影にしているとはいえ、この村の家には塀という概念がない。ただ家と家の間隔が広くあいているだけ。つまり建物を背にしている面以外の3方向からは丸見えだ。


家を一つずつ越えるたびに極限状態が為せる技なのか確実にスピードが上がっていく。初めはほとんど見えていなかった村長の家がもうあと家を2つ抜ければ届く距離にまで迫っていた。


慎重にゆっくり、かつ迅速に大胆に動く。相反する命令をオレの脳は止まる事なく遂行し俺の体を動かしてくれる。


あと一つ。そうすれば辿り着く。瞬間意識が目の前に見える景色からその先へと向けてしまった。たった数秒周りの索敵が薄れたその時だった、その()()()()()が村長の家の影から現れた。


————目があった。ソイツに目という概念があるのかはわからないが直感的にそう感じた。


「なっ…!?」


目があっただけでなく、声まで出してしまった。オレは馬鹿だ最後の最後で何で気を抜いた?死ぬ?ここで?まだソラに想いを伝えてないのに?ネンスにも勝っていないのに?村長も助けていないのに?村の外を旅していないのに?死ぬ…?死ぬのか。何もできないまま。オレは…オレは…。


後悔と諦めと死の恐怖、己の不甲斐なさからの怒り様々な感情が体を駆け巡り消える。かつて無いほど頭は思考しているのに、体は一歩も言う事が聞かない。目の前の黒いのを殴ろうと思う事ができない程の圧倒的な存在にオレはただ考えることしかできなかった。…いや恐怖で震えて動けなかった…そう言うべきだろう。


こいつと目があってどれくらい経っただろうか?1秒?10秒?1分?そいつは右、左と体を動かし、そのまま左の方へと歩いていった。グチュ、ベチャと気持ちの悪い音と体液を撒き散らしながら……。


————死んでいた。間違いなく死んでいた。何故あいつはオレを殺さなかった?殺さないタイプ?…いやそんなはずはない現に村中にあの牧場と同じように大量の血と黒い液体がある。目が見えない?いやそんなはずは…。くそっ…情報が足りない。あぁークソ!!!わからないけど、まずは村長を助けなきゃ…!オレは思考を切り上げ、まだ震える体に鞭を打ち、そのまま村長の家に駆け込む。


何度もお邪魔した村長の家。玄関の扉をあければ広いリビングに正面に置かれた大きなキッチン、階段をあがればネンスとソラの部屋がある。いつも整理整頓されている綺麗な家…だった中にもあの黒いのが入ってきたのか、綺麗な木造の家がボロボロだ。机は折れ、階段は壊れ、壁は破壊されていた。


「これは…」


ネンスの言葉を思い出す。


「——死んだ————」


最悪な想像が頭をよぎる。…いいやそんなはずはない!


木材の下に生き埋めになっていないか、部屋に隠れているのではないかと探した。2階にも狩猟で鍛えた跳躍で壁を蹴って登るも、あったのはネンスとソラの部屋のものが散らばっているだけ…。村長の姿は見えない。不安がますます強くなる。しかし物は派手に壊れているが、血痕や死体は見当たらない。という事は村長はどこかにいるはずなのだ。今日は家で俺達の成人の儀のための準備をするのだとネンスとソラに言っていたらしい。だから村の外に出るのは考えにくい。


「俺は今どこまで探した?玄関…リビング…キッチン…トイレ…ネンスの部屋…ソラの部屋……()()()()()。それなのに何でオレは全部探した気になれない?それに何か嫌な気配をずっと1階から感じる…」


訳はわからないが嫌な気配を感じる場所に直感を信じて向かう。たどり着いたのは壊れた階段の後ろ。そこはただの壁だ。何もない。だけど何かを感じる…。その違和感の原因が何かを必死に思いだそうとしていると。


————————ギッ



と玄関の方から何か音がした。


敵か!?


一階のこのひらけた場所に隠れる場所はない…。戦うしかない…!覚悟を決め、振り返ると同時に腰に刺した短剣を抜き敵がいる方へと構える。



そこにいたのは……


「ユジル!」「ユー!」


ネンスとソラだった。


「……なんで…なんできたんだ!!!」


玄関からこっちに向かって歩いてくる二人の足を止めようと思わず声を荒げてしまった。無事でいて欲しい二人がこんな危険な場所に来るなんて…。そんなオレの声でも二人の足は止まらない。


「オレがソラを引っ張ってここまできた。危険は承知でな」


「ネンス…」


「でもなオレだって怒ってんだユジル…お前がこんな無茶した事…。それにあの時震えちまった自分自身に」


「ユーがさお父さんの事心配してくれてるのわかるよ…わかるけど…本当はワタシ達がしなきゃいけなかった事だったと思うの…ワタシ達のお父さんだから私達の目で結果を見るべきだと思ったの…だからユーにはすぐに逃げてって言ったし…そうして欲しかった…なのに……こんな危ないことしてー…あーーーーーうっ…うっ…ウー…」


ソラは言葉を言い終わらないうちから泣き始めてしまった…。



「オレだって二人には無事にいて欲しくて…だから…」


「うー…それも…それもね…わかるよ…でもね…ココまで来る途中どうしてそこまで必死になってくれるんだって考えたの。そしたらもしワタシがユーでもきっと飛び出しちゃう…。だから…皆悪くない。誰かを想うから誰かの事を気にかけるから…優しさがあるからこうなっちゃう…。だからさ皆でやろう?昔から私達いつも一緒でしょ?ね?」


二人の言葉が胸に響く。実は二人がココにきた時、怒りの感情は湧いてこなかった。ただ…ただ嬉しかった。


ほんとは顔を見た瞬間心の内に溢れ出ていた怒りや不安といった嫌な感情が全部体から流れ落ちていたんだ。そんな二人に言われたら俺はもう敵わない。


「……はぁ…オレの負けだ。オレも悪かった。オレにとっても二人にとっても大切な人だからいてもたってもいられなくて…残された奴の気持ちは一番わかってるはずのにな………。……一緒に村長を探して欲しい」


「たりめーよ!」


「もちろん!3人でお父さんを探そう!」


「で父ちゃんはいたのか?」


「いや…2階の二人の部屋は何も…。1階も見ての通りボロボロ。もう全部探した」


「ん?」「え?」


すると二人が同時に疑問の声をあげる。


「なあユジル…今()()()()()って言ったよな?全部見てボロボロだってそう言ったよな?」


「…?ああ…。二人の部屋、リビング、キッチン、トイレ目ぼしいところは全部見たぞ」


「じゃあさ…お前の目の前全く綺麗な()()()()()()()の扉の中は見たのかよ?」


そう言われハッとする。


—————そうだ。いつも色んな事を教えてもらう時、その部屋で勉強した。成人の儀もそこでやるはずだった。いつも使う場所。そこが村長の部屋だ。なぜ忘れていたのだろう?


感じていた違和感の正体を理解したからなのか、俺の目の前の壁だと思っていた場所に今までそこに無かったはずの扉が現れた。それは二人が言う通りこの惨状の状況とは全く似つかわしくない程の綺麗さだった。


何かある…。直感的にそう感じた。ずっと感じていた嫌な気配の出所もこの中から感じる…。嫌な予感が止まらない。


「……二人とも開けるぞ?」


「ああ!」「うん!」


この状況で今まで見えなかった扉。二人には見えて、俺には見えなかったワケ。嫌な気配の正体。その全ての答えがこの先にある気がする。


「村長!」「お父さん!」「父ちゃん!」


三者三様の掛け声と共に勢いよく扉を開け中に入ると、何かが溢れてきた。


足元を見るとそこには水があった。


その水の出どころである部屋の中は、一面に村で何度も見た黒い液体が拡がっていた。部屋にあったはずの大きな机も本棚も床も何もかもが黒い水で満たされていた。そしてその黒い空間の中央には卵のような形をした見慣れない黒い塊が浮かんでいた。




「あれは…?」



泉…?————いやそうじゃない…黒い水の中に見える髪の毛や服…アレは………



「……おかえり……」


黒い塊から声が響く。


『待っていたぞ…』


もう一つ聞き覚えのない声が部屋に(とどろ)く。



その言葉と共に部屋の真ん中に浮かんでいた黒い塊が突如黒い水となって床に落ちる。

バシャッと勢いよく落ちた水が地面の水紋を妖しく揺らす。


見慣れた服だった。聴き慣れた声だった。そしてそれはオレ以上に二人にとってはもっと聴き慣れた声だった。


「お前達が来るのをずっと待っていた…」


黒い水の塊から現れた人影。


知らない人ではない。むしろよく知っている。





そこにはいつものように俺達の帰りを迎える真っ黒な姿をした村長が笑顔で立っていた————








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