神話より 『ヨルーメナンの慟哭』
死んだあなたの遺言を
――ヨルーメナンよ、私は語ろう、その慟哭を。
姉妹で末に生まれた子、
老いた婆のヨルーメナン
母の腹部を引き裂いて、
しゃがれた声を、産声を……。
姉妹で最も醜い子、
親を殺したヨルーメナン
余りに不気味な妹に
姉は逃げ出した。
真ん中の姉はあわれんで、
彼女の世話をしたけれど、
共に暮らしはしなかった。
――生まれなければよかったな。
いったい幾度嘆いたか、
今となっては思い出せない。
冬が過ぎても春は来ず、
他の姉妹は咲いたのに
歳を重ねて 猶 枯れて
死の歩み寄る音がする。
夏が終わった秋の空、
他の二人が色づくと
寝具の上で羨んだ。
死の足音は離れない。
咳をするたび怖くなる、
壊れた肺も、腸も、
今は動かぬこの足も、
彼女を嫌って離れたがる。
――死の足音は離れない。
人間の王 タケーウィト
神に最も近い者。
彼が望んだ褒賞は
女神を妻に寄越すこと。
姉は嫌がり引きこもり、
彼女が代わりに選ばれた。
覆いで隠して送られた。
――驕れる人よ、タケーウィト!
貴様が望んだ女神だぞ、
泣いて喜べ、身のほどを知れ!
覆いを取ると、青ざめて
彼は沈んで落胆し、
ヨルーメナンを憎んでしまった。
知らずに彼女は微笑んだ、
――やっとだれかに愛される、
やっとだれかと一緒になれる!
彼は彼女を愛さなかった。
仮面のままでもてなして、
本音のひとつも漏らさずに、
寄せず交わさず日々を過ごした。
苦行のように夜を過ごして、
やっと宿った命でさえも、
流れて死んで、眠りについた。
彼はますます彼女を憎んだ。
父にはなれず、世継ぎもなくて、
次第に彼は自棄になり、
酒に溺れて手をあげて、
この婚姻を嘆いて泣いた。
それでも彼女は幸せだった。
唯一夫が愛してくれると、
疑うことなく信じつづけた。
死の足音は遠のいていた。
月日は流れ、ますます溝は……。
彼女はそれでも信じつづけた。
夫の愛を、夫の嘘を。
それが彼女の能だった。
――待てど暮らせど愛は降らない。
世にも名高きタケーウィト、
寄る年波に抗えず、
苦痛に喘ぎ、息は荒い。
聞きなれた靴の音がする。
魂刈る神がやってきた。
――ヨルーメナンよ、久しいね。
君の夫は峠を越せまい。
悪いが彼は連れていく。
ヨルーメナンは泣き縋り、
――代わりに私を死なせてください。
どうか夫を見逃して。
魂刈る神は俯いて、
――それはあなたを虐げた。
愛情なんぞは持ってなかった。
それでも生きてほしいと願うか?
ヨルーメナンは微笑んで、
――世界でだれより大切な
愛しい夫に生きてほしい、
そう願うのは当然です。
魂刈る神は振りかざし、
――ここに契約、誓いは成った!
人間の王 タケーウィト、
妻を犠牲に長らえよ。
お前の妻は貰っていくぞ。
己の成した過ちを、
悔いて恨んで生きるがいい!
『ヨルーメナンの遺言』
あなたに苦労を掛けました――
いえないほどに嫌だったでしょう、
しまいで醜い私との
て違いだった婚姻は。
いじわるだって恨んでません。
まだ一緒にいたかった……いえ、
すぎたことです、忘れてください。
『タケーウィト王の挽歌』
僻んで、恨んで、顧みず。
――ひたすら信じてくれたのに、
お前を死へと導いた。
己でなければ、お前はきっと……!
病めるからだを侵しては
八つ当たりさえ躊躇わず、
子を成せ。成せと押し付けた。
好意に甘えて踏みにじった!
醜いお前が嫌だった。
無償なまでの愛情を
見ようとだってしなかった!
罪をここにて懺悔しよう、
妻を犠牲に長らえた
竟まで愚かな男の罪を!
註、タケーウィト王は長命なことで有名で、伝承故の誇張だろうが、数百年の間、王として君臨していたとされている。そして、彼の遺言はこう締めくくられたそうだ。
「冥府で彼女に伝えなければならない。こんな己を愛してくれて、ありがとう、と」