6章-4
綺麗に芝の上に着地して、アレックスはそのまままた走り出す。
激しい爆音にオズワルドさんが心配になるが、あの人が簡単にやられるはずはないと思い直した。
寧ろ、今立ち止まってしまった方が体を張って逃がしてくれたオズワルドさんに申し訳が立たないと、そう自分に言い聞かせ走るスピードを上げる。
だが、走り出すと同時に目の前の男が俺に向かって炎の塊を投げつけてきた。
寸前でアレックスがそれに風をぶつけて軌道を変える。
軌道の変わった炎は俺の体より僅かに右に逸れて芝を焦がした。
炎の熱だけが肌を翳める。
相手の軍服の色は白。
顔は見たことがない。
いくら混血だからと城の中で堂々と攻撃される謂れはない。
だとしたら可能性は……。
嫌な予感が頭に浮かぶ。
ただ単にオズワルドさんの熱狂的ファンで、紫にならなかったのが許せない、とかの逆恨みだったらまだいいが、この状況でそんなはずもないだろう。
「エリオ・イスエルだな。直属部隊からの命により、お前を捕まえる」
やっぱり、と思わず舌打ちをした。
おそらくこいつは一番地区の死神だろう。
死神は担当地区が中央に近ければ近い程直属部隊の命令を王の勅命のごとく聞く傾向がある。
また、直属部隊から直に命令が下ったということに喜びを覚え、自分が他の死神よりも偉くなったと錯覚するということは少なくない。
だからこそ、これは厄介な状態になったと一歩後ずさった。
この様子だと、おそらく城にいる死神にはとにかく俺を捕まえる様にと命令が下っているのだろう。
そうだとすれば、寮を飛び出したところで城を出るのが困難だ。
数が多い分、囲まれたら終わってしまう。
それに、とそこまで考えて隣で臨戦態勢に入ったアレックスを見た。
ここで庇ったら、流石にアレックスも無事じゃ済まない。
「アレックス、ここまででいい。お前は関係ないから」
これ以上巻き込まれる必要はないと、そう言えばアレックスはどこか呆れた様に笑った。
何言ってるんだと苦笑してから俺を庇うように立つ。
「そんなことしたら、教官に申し訳が立たないし」
アレックスが風の要素を手に作りだし、間髪入れずに相手にぶつけた。
不意を突かれた男が後ろに仰け反った内に、アレックスが風で俺と自分の体を包み込む。
そのまま突風を起こして空に飛びあがり、風の力を借りて空を飛んだ。
向こうも白服を着ているだけあってすぐに体制を整えたけど、炎の力しか持たない男にアレックスの後を追う術はない。
まるで自分たちも風になったかの様にアレックスが空を翔る。
人が集まってくる前に、一気に門までの距離を詰めた。
「アレックス、お前これ以上俺といるとまずいぞ。理由はともかく今俺は死神から追われる立場なんだ。そんな俺と一緒に逃げたりなんてしたら、お前も死神じゃいられなくなる」
そう止めようとしても、アレックスは聞かなかった。
「いいって。教官にお前が大変だって事情聞いた時からなんとなくこうなる気はしてたし」
「オズワルドさんから?」
「そう。お前が直属部隊に殺されるかもしれないってな。それで、俺もちゃんと覚悟を決めてエリオを助けに来たんだ。だから、別に大丈夫だって」
アレックスは一切スピードを緩めない。
案の定、増え始めた追っ手の中にいる風使いが同じように追ってくるが、アレックスのスピードには追いつけなかった。
流石は、学年一の実力の持ち主だ。
「俺はいいんだよ。元々お前のお蔭で死神になれたんだし、お前が辞めるなら俺も辞める。エリオには何度も助けてもらったから、今度なにかあったら俺が命がけで守ってやろうって、ずっと思ってたんだ。だから、任せとけ。俺はお前の味方だから、ずっと」
「アレックス……」
言われた言葉に唇を噛んだ。
ありがとうと小さく呟くと、いいってことよ、と明るい声が返ってきた。
勢いあげるぞ、とアレックスが言ってスピードが更にあがった。
追っ手を撒いてついに城を抜ける。
大きな森まで飛んで、そこでアレックスが風の力を止めた。
ふわりと、浮いていた足が湿った地面に着地する。
「ここからは歩いた方がいい。視界も悪いし、要素の残り香を辿られたら厄介だ。歩いて夜更けまでにどこか休める場所を探そう」
言われた言葉に頷いて歩き始める。
自分の少し前を歩く男の背中を見つめながら、自分のせいで巻き添えを食らってしまった人たちを思って下を向いた。
「気配も感じないし、しばらくは安心だと思うぞ」
無言になってしまったのに気を使ったのか、アレックスが喋り始める。
「ゴメン、いろいろ」
「あのなぁ、さっきも言ったけど気にするなって。俺が勝手に決めたことなんだから。大体、友達見捨ててまで死神やってたら母さんにぶん殴られるって。そんな薄情な子に育てた覚えはありませんってさ。あの時のこと、母さんも感謝してたし、エリオは俺の家族の恩人でもあるし」
あの時、というのは、アレックスの家がロキに襲われた時のことだろう。
あの日の記憶が頭に蘇る。
体を怒りが支配して、力に全てを乗っ取られる感覚。
細胞までが炎に焼かれ、感情ごと消えていくような、燃え盛る赤に視界も埋まっていくような感じ。
感情任せにぶつけたあの力を見れば、俺がおかしいことに気が付くはずなのに、敢えてなにも聞かないでいてくれている優しさに救われた。
でも、いつまでも黙っていることはもう出来ない。
この事態を引き起こした原因がそれだとすれば、共にいてくれると言ってくれた彼には話すべきだと覚悟を決めた。
「あの、アレッ……」
「あった!」
俺が言葉を言う前に、アレックスが少しだけ大きな声を出す。
真っ直ぐ指差された先にあったのは、小さな小屋だった。
真っ暗なので無人なのだと想像がつく。
丸太を積み重ねて出来た様な小屋はボロボロで、使われなくなってから結構な年月が立っているのだと分かった。
「相当古いけど一晩休むには充分だろ。暗くなってきたし、森の中をこのまま進むのはあんまり賢いとは思えないしな」
視線だけで示した空は、もうほとんど光を失っていた。
完全に日が暮れればアレックスの言う通り明かりもなく歩くのは困難だろう。
しかし、追われる身で明かりを使えば自分たちの居場所を相手に教えてしまうことになってしまう。
日が沈むまでの間に他の休める場所が見つかるとも思えない。
「そうだな」
軽く頷いて小屋に向かう。
とりあえずはここで身を隠し、明るくなったら追っ手を避けて遠くへ逃げる。
案の定まだ命令は一番地区にしか知らされていない様だし、遠くに逃げればまだなんとかなるかもしれない。
入った小屋は埃まるけで、床には靴の後が歩く度にくっきり残った。
想像通りかなり前から空家だったようで相当汚い。
この床で寝転がれば、軍服は間違いなく埃だらけになるだろう。
「エリオ、窓開けて」
どうしたものかと思っているとアレックスが短くそう言う。
従って窓を開ければアレックスが起こした風が部屋の中の埃を全て吹き飛ばした。
見違えるほど綺麗に……というわけではないが、寝転がるのには支障のない程度の清潔さにはなった。
その後すぐに窓を閉め、一応扉に壊れかけのロックを付ける。
毛布もボロボロで使えなかったので、着ていた上着を毛布代わりにして一晩を凌ぐことになった。
床にごろりと寝転がると隣にアレックスも寝転がる。
元々訓練で疲れていたのもあって、突然激しい睡魔に襲われた。
うと……と瞼がくっつきかけて慌てて持ち上げる。
それでも、まるで磁石のごとく瞼は俺の意志に逆らって閉じようとした。
「そう言えば」
寝転がりながら天井を見ていたアレックスがポツリと呟く。
「小屋見つけたとき、なにか言おうとしてなかったか?」
「ああ……」
アレックスの言葉を聞きながら答えなきゃと思うものの、意識は今にも途切れそうで長話は出来そうになかった。
「また、明日話すよ」
眠気を隠しきれない声でそう言うと、アレックスは小さく笑う。
「ああ、おやすみエリオ」
その声を聞くや否や、俺の意識がゆっくりと遠のいていくのが分かる。
深く沈んでいく意識の中で、扉が開く音が聞こえた気がした。




