1章ー3
この学校には、大きく分けて二つの学科がある。
一つが俺たちのいる戦闘科。そして、もう一つが事務科だ。
俺たちのいる戦闘科では、主に魂を狩るために必要となる戦闘技術を中心に勉強をする。
座学の部類も必要なのでバカではダメだけど、多少残念な頭の作りをしていてもそれを覆すほどの力があれば卒業することができる。
つまり、ゆくゆくは死神として最前線で働く者を育成するのがこの学科というわけだ。
必然的に男が多く、女子は全体の一割にも満たない。
全ての女子を知っているわけじゃないが、なんせ、男子と同等に戦闘が行える女子だ。
男子顔負けな性格だったり筋肉だったりと、正直、いわゆる女の子女の子した女子は存在しない。
そして、戦闘科と対になって存在しているのがもう一つの事務科だ。
こっちは基本的に戦闘は行わない。
授業は主に座学で、実技の戦闘訓練なんて当然ない。
事務科の卒業生は死神になってからは死んだ魂の回収リストを作り地域別に分けて各地区の担当死神に渡すという雑務全般を請け負い、要するにサポート役になるというわけだ。
だから、男女比は戦闘科と真逆をいき、女子のレベルも格段に高い。
基本授業に接点はなく(当然、戦闘科と事務科では同じ座学でもやっている内容のレベルが全く違うので同じクラスでやることはない)、かろうじて生まれる接点はこのお互いの校舎の通路が隣接している場所ですれ違うくらいのものだ。
なので、事務科に憧れる男子は多いし、アレックスみたいに向こうにしておけば良かったと思うこともよくある。
たとえば、実技でムキムキの女子に負けた時とか。
しかし、大抵の場合で頭脳が足りなかったりする。
特に、平均以下の俺が言うのもなんだけど、隣の男の座学はひどいものだ。
ずば抜けた実技の能力がなかったらもうとっくに退学になっていそうなレベルで賢くない。もっと言えばバカだ。
そもそも事務だったら入学もしてないだろうな、と憐れみさえ籠った瞳で男を見上げる。
自分から切り出したくせに、女の子たちが完全に消えて興味がなくなったのか、アレックスの関心はもう貰ったばかりのお菓子に向いていた。
甘いのが好きだと公言してあるだけあって、甘そうなものばかり抱えている。
しかも、よく見れば高そうな箱に入ったチョコまであるじゃないか。
緑色の包装紙に包まれたそれは、金字でなにやらオシャレなロゴが入っていて、どう見てもおやつで持ってくるような代物じゃなさそうだ。
確かに、この学校に来るような人は殆ど金持ちの貴族様ばっかりだけど、それにしたって、見るからにプレゼント用のラッピングがしてあるのはおかしい。
これ、もしかしなくてもいつかアレックスとすれ違ったときに渡すために用意してたんじゃないだろうか。
そんな邪推をしながら見つめていると、不意にアレックスの手が止まる。
バチリ、と翡翠の瞳と視線が絡んだ。
しまった、観察しすぎたかと無意識に体に力が籠る。
「エリオも欲しい?お菓子」
でも、返ってきたのはそんな言葉だった。
予想外の言葉で固まった俺に、アレックスが両手を出すように言う。
言われた通りに手を出せば、アレックスが笑った。
「おすそ分け」
バラバラと、手のひらにこぼれそうな量のお菓子が置かれる。
向こうの方が十センチほど身長が高いので見上げれば、にこりと微笑まれた。
窓から差し込んだ光が、無駄に翡翠の瞳にハイライトを入れる。
まるで本当に宝石みたいに緑がキラキラと輝いた。
唇はきれいな形で笑みを作って、思わずドキリとしたのが分かる。
くっそ、これか。
噂のアルスマイル。
女の子がこぞってコロンとなるという噂のスマイル。俺に見せるな、同性に。
と思いつつも、整った顔に反射で反応してしまったのがなんだかとても悔しい。
これだからイケメンは。
別に自分の顔が見れないほど不細工なわけではないけれど、小さいころはお嬢ちゃん呼ばわりされた様な女顔で、平均に僅かに達していない身長の自分としてはうらやましく思ってしまう。
髪はパッとしない黒髪だし、どうしても鮮やかな赤髪のアレックスの隣に立つと引き立て役にでもなった気持ちになる。
アレックス的には小っちゃくて可愛い。小型犬みたい、飼いたいとそれなりに女の子受けしてるみたいだけど、やっぱり俺も男だ。
普通にかっこいいとか言われたい。
そもそも、そもそも俺は全く小さくなんてない。
長身のアレックスの隣に立ってるから小さく見えるだけで、実際はちょっと平均に足りないくらいだ。
小さい可愛いだなんて言ってる女子の隣に並んだらきっと俺の方がちょっとは大きいはずだ。
断じて、断じて小さくなんてない。
「あーあ。怒られないといいなぁ」
アレックスの言葉にやっと意識が戻ってくる。
いつの間にか俺たちは教務課の扉の前に立っていて、お菓子を置いたアレックスが僅かに肩を落としていた。
「さっさと行って怒られて来いって。どうせ粘ろうと粘らなかろうと怒られるんだからさ」
「容赦ねぇなもう」
事実だけどさー、と呟いて、アレックスがため息を一つ。
「じゃあさっさと行ってこようかな」
一度だけパチリと頬を叩いてアレックスが形ばかりの気合を入れる。
指一本触れようとしなかった机を白い指で掴んで、行ってくる、とちょっとキリッとした顔でアレックスが扉を潜って部屋の中に消えていく。
パタリと扉が閉まると同時にまたお前かああ!と怒鳴られた声が聞こえて、どうかこっぴどく叱られてくれ、とさっきの腹いせに心の中で無責任にそう呟いておいた。




