5章-1
新しく与えられた軍服はどこか重たく感じる。
指定された場所に行けば、自分と同じ服を着た人たちが扉の両端に二人ずつ立っていた。
「あれぇ、女になってる。オッシーは?」
左側の一番手前に居た男がそう言いながらジッとこっちを見つめる。
この世界でたった五人しか着ることの出来ない軍服のボタンを三つも外し、ゴーグルの様な物を頭に付けている姿だけ見ると王様直属部隊だとは到底思えない。
しかし、信じられなくても紫を着ているということはそういうことだ。
それどころか、まだ二十歳半ばという若さでここの地位にいるということは、口調や態度すらも関係なくなる程の実力があるということだ。
「静かにしろギルバート!陛下が扉の向こうに控えているんだぞ。オズワルドの昇級の話はなくなった。彼女が第二候補だっただろう」
苛立ちの籠った声がして、ギルバートと呼ばれた男は乗り出していた身を引っ込める。
右側の先頭に居た男だ。
「はいはい。すいませんでしたぁ、ゴドウィンさん」
ギルバートの言葉に男は一層眉間に寄せた皺を深くした。
文句を言うつもりか口を開き、一発触発かと思うと同時に、二人の間に凍りつく様な風が流れる。
「……口を慎め」
氷のごとく冷たい声がして、二人は一斉に口を閉じた。
瞳も、放つ空気も、彼の周りにあるもの全てが凍りついているかの如く冷たい。
彼の存在は知っている。
ただ立っているだけで圧倒的な威圧感だ。
何故かいつも卒業式の時に学園に現れる王の右腕。
つまり、事実上のナンバーワン。
同じ紫でも彼だけが明らかに別格なのだと、その纏う空気だけで判断できた。
眇められた瞳が私を見る。
「来い」
短くそう言われ、息を飲んだ。
視線を向けられただけで、それこそオオカミの群れに放り投げられたウサギの様な気持ちになる。
私が一歩歩きだすと同時に、扉の周りに立っていた残りの三人も動き出す。
彼が扉を開けるのに続いて、全員が扉の中に入っていく。
後を追い、扉を潜った瞬間だった。
たった一枚の扉。
しかし、その一枚を隔てた中は明らかに外とは別の世界だった。
光がほとんどない闇が広がり、空気が重々しく体に纏わりつく。
立っていることも困難で、半ば無意識の内に膝を折っていた。
まるで空気が鉄か何かに変わったみたいだ。
腕の一本すら重たく感じる。
自分の体を支えることすら出来そうにない。
……なに、ここ。
手を付いたのは毛の長い赤い絨毯。
長い長い絨毯の先に座っていたのは、まさしくこの国の王その人だった。
光が少ないせいで顔はよく見えない。
それでも、燃えるような赤い瞳だけが闇の中に不気味なほどはっきり浮かんでいる。
立つことも出来ず跪いた私を、他の直属部隊の人たちがチラリと一瞥した。
彼らはこの空気の中でも平気なのか、崩れる様に床に膝を付いたりはしなかった。
騎士の様に綺麗な動作で他の人が膝を折る。
仰々しく頭を垂れたところで、やっと王様らしき人が口を開いた。
「よく来た」
声だけで大地を震わす様な迫力がある。
気を張らなくても良いと言われても、そんな余裕は微塵もなかった。
ただ、この空間に居続けるだけでもきつい。
「直属部隊に入ったからには、この部隊がある本来の意味を知ってもらう必要があろう」
闇の中に浮かぶ赤が、視線を唯一自分の横に立つ男を捉える。
グランウィル、と名前を呼ばれ、短く返事をすると深く頭を垂れてから私の方を見た。
さっきの男だ。
「お前たちの知っている死神の理は、全て表面だけのものに過ぎない。我々には、もっと特別な任務がある」
王の護衛……と言おうにも言葉は出そうにもなかった。
押し潰されそうな威圧感。
呼吸もままならない。
「我らの任務は陛下の護衛ではない。我らがすることは陛下の御身を守ることではなく、陛下の憂いを払い、その願いを叶える事、ただそれだけ」
話の意味が分からない。
状況を整理しようと脳をフル活動させる私が聞かされたのは、とんでもない内容だった。
倫理も、理もあったものじゃない。
「待ってください。でもそれは……」
やっと開くことが出来た口で、そう言った瞬間だった。
目の前を一瞬で炎が覆う。
ただの炎ではない。同時に生み出された風の要素の力を得て、燃え盛る炎は爆発を繰り返して辺り一帯を一瞬で火の海に変えた。
私の周りで跪く他の直属部隊の死神たちは薄い水で出来た壁で覆われていて炎は届かない。
熱風が肺を焼き尽くしそうで息を吸うことすら躊躇う。
体中を嫌な汗が流れ、頭が一瞬で真っ白になった。
たった一瞬。
あの一瞬でこれだけの火と風と水の力を同時に使ったというの……?
王の一族はただ一人だけ代々唯一全ての要素を扱うことが出来るということは知っていた。
その人物が王として玉座につくことも。
でも、これは異常だ。
圧倒的だとか、そんな言葉で片付けられない。
王の命を守る必要がない。
その理由を身をもって知る。
これだけの力を持つ相手だ。殺すどころか、近寄ることすら出来はしない。
これが、王。
この世界を創造し、精霊の加護を受ける存在。
神とまで呼ばれる人。
自分の体が燃えていないのは、体に触れる寸前のところで王様が炎を止めているからだ。
しかし、もし今王様が少しでも炎の勢いを増せば、私は一瞬で細胞まで焼き尽くされてしまうだろう。
本能的な恐怖が、体全てを支配した。
震える体はもうそれ以上言葉を発するなんてことはしない。
ただ、下を向いて眼前に迫る炎の脅威に怯え続ける。
声が響いた。
どこまでも冷たい声が、私の鼓膜をそっと揺らす。
「紫を着たからには陛下の命令は絶対だ」
まるで、魂にでも刻むように、はっきりとそして重々しく言葉が続く。
「命令に逆らった者には前任者の様に死が訪れる。肝に銘じておけ」
目の前を血の様に赤く染めていた炎がやっと消える。
王は下がり、他の直属部隊の人たちも何事もなかったかの様に部屋を出ていく。
それでも、脳に焼き付いた恐怖のせいで、私はしばらく立つことすら出来なかった。




