1章ー2
「あー、また教務課に怒られる」
真っ黒の炭を運びながらアレックスは大きく息を吐き出した。
触るのが嫌なのか、素手で持つことはしないで、手のひらから生み出された風が机を運んでいる。
「アレックスが寝てるからだろ?」
「だってさ、歴史って眠くならねぇ? 訳の分かんないことダラダラ呪文みたいに言われて。特に実技の後だとさ」
そうは言っても、アレックスが机をダメにしたのはもう数える気すらなくなってしまう数だった。
居眠りの度に机を燃やす先生も如何なものかと思うけど、毎回堂々と寝ているこいつもどうなんだ。
その時だった。
あ、と呟いてアレックスの足が止まる。
その瞳は隣の校舎とこっちの校舎を繋ぐ通路に真っ直ぐ注がれていた。
「女の子だ!」
アレックスの翡翠の瞳からさっきまでの憂鬱さが消し飛ぶ。
代わりにキラキラと太陽の光を反射させたように輝き始めた。
机は無残にもその場に放り出される。
ラッキーと呟いたアレックスは笑顔で手を彼女たちに振り、それに気が付いた女子たちも、教室へ向かうはずであろう足を止めた。
「アルー」
ヒラヒラと振られた手にアレックスが笑う。
「エリオ、ちょっと行ってくる」
「は? おい。行くって机は……っ」
「すぐ戻るって」
それだけ言い残して、アレックスはあっさりとその場を離れた。
そして、女子の輪の中に当然のような顔をして混ざっていく。
その姿を少しだけ離れた場所で見守りながら、俺は大きくため息を吐いた。
置き去りにされた黒焦げの机がなんとも言えない哀愁を漂わせている……気がする。
それでも、どうせあの男は戻ってこない。
それは、長年の経験で十分すぎるほど学んでいた。
平均の男子よりも高い身長。
細く長いスタイルはモデルの様で、そのくせ肉体派の彼は優男の顔をして力も強い。
顔はいわゆるイケメンの部類だし、本人が明言してしまうくらいに女子が好きなので、女子に対してはやたらと優しい。
つまりだ。単刀直入に、それこそ一番簡単かつ分かり易い言葉で言ってしまうと、彼はモテるのだ。
それも、ちょっとやそっとの話じゃなく、それこそ少し歩くだけでああやって囲まれてしまうくらいには人気なのだ。
気の強く色気のあるお姉さんからはアル、アル、と可愛がられ、まともに声をかけられないような女の子からはアレックスさんと憧れられ、いつもこの辺を歩くと彼のファンらしき女子とすれ違う。
そして、女の子大好きなアレックスは、そんな女子を毎回必ず笑顔で相手にして、またファンを増やすという。そういう男なのだ、あいつは。
しばらく女子の集団と盛り上がったアレックスは、帰ってくるころには両手いっぱいにお菓子を抱えていた。
自然とそこに向かった視線にアレックスが笑う。
「お腹すいたって言ったら女の子たちがくれたんだ。おやつ持ち歩いてるからおすそ分けだって」
言いながら、チョコやらクッキーやらのお菓子が焦げた机の上に置かれた。
アレックスの手から風が起き、また机が持ち上がる。
やっと作業を再開する気になったみたいだ。
「あーあ。ほんといいよな、女の子って。見てるだけでも癒されるし、可愛いし、いい匂いするし、お菓子持ってるし。俺事務科にすれば良かったな」
「お前の頭じゃ無理だろ。事務は」
間髪入れずに突っ込めば、アレックスはブスリと唇を尖らせた。
「そりゃそうだけど、お前もそんなに変わらねぇじゃん。筆記」
痛いところを突かれて思わず押し黙る。
そんな俺に、アレックスがニッと笑ってみせた。
反論がないのを確認すると、またアレックスが名残惜しそうに女の子が消えていった事務科の校舎の方を見つめた。