序章
流れる風は細かい砂を巻き上げて、視界はいつだって悪かった気がする。
田舎と言っても緑なんて殆どなくて、農作物を収穫することすら難しかった。
収入なんて当然なくて自給自足すらままならない。
一部の男が隣町へ働きに行ったところで、差別対象にあるノルを雇ってくれようなんて思ってもらえるはずもなかった。
争いにならないようにと僅かな支給品をみんなで分け合い、一日一食なんて少ない食事を食べることもよくあった。
それでも食べられれば生きていけると、働き手のいない家はありがたがったらしい。
はたから見れば素晴らしい助け合い。
でも、内情はそんなにいいモノじゃなかった。
特に、俺たちの様に町の人からすら避けられていた身にとっては。
やせ細った手は骨が浮き出てとても不恰好だった。
夏は暑さに、冬は寒さに命を削がれ、このまま静かに死んでいくのだろうか、なんて思ったことは少なくない。
「エリオ君」
その声は、どこか小鳥の様に綺麗で高く澄んでいた様な気がする。
青い髪は肩まで伸びて、布をかぶっただけの様な服を着ているというのに、いつも汚いという印象は受けなかった。
大きな瞳はこんな状況でもキラキラと日の光を反射していて、絶望なんかとは(そしてあるいは俺の様な人間とも)全く別世界に生きているかの様に幸せそうに笑っている。
記憶の中の彼女は、いつも小さな体で大きなパンを両手で抱えて笑っていた。
内緒だよ、とそっと細い指先が彼女の唇に当てられる。
自分一人すら満足に食べられないという状況だというのに、彼女はいつもその一個のパンを俺たちの家へ持ってきていた。
一個のパンを、いつも半分こして食べた。
母は、彼女のお父さんから食事を分けてもらっていた。
あちらも父と子供だけの家族だというのに、おじさんがたまに稼いでくるとそのお金すら俺たちに分け与えてくれていた。
それが優しさだったのか、同情だったのか、それとも自分よりも哀れな姿を見ることで優越感に浸るための手段だったのか、そんなこと幼かった自分には分からない。
それでも、渡された食料に、握られた手に、向けられた笑顔に、あの頃の俺たちは少なからず救われていたんだと思う。




