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死神候補生はじめました【第二部完結】  作者: 岬
死神候補生はじめました
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7章-2


やっとこの日が来た。


浮かれそうになる気持ちを抑え、いつもとは違うタキシードに腕を通す。


「へえ、タキシード着るとちょっとだけ大人に見えるな」


そう言った男も、今日は着崩した制服じゃなくてキチンとした正装に身を包んでいた。

お互い借り物なので若干自分のサイズとは違うけど、それでもやっぱりこんな服を着ることなんてきっと一生ないと思うし、なんとも言えない気持ちになる。


「そっちも、ちょっとだけ賢そうに見えるな。見た目だけだけど」


仕返しにと言い返せば、どうせバカですよ、とむくれた言葉が返ってきた。


「それにしても……」


三年間使ってきた部屋をそっと見返す。

あんなに二人の私物で溢れていた部屋は、もうすっかり初めて来たときと同じ景色に戻っていた。


荷物は既に預けてある。

在学中ずっと使っていたこの部屋とも今日でお別れだ。

もうアレックスと二人でこの部屋を使うことは永遠にない。


「なんとなく、寂しいな」


俺の言葉に、アレックスが笑う。


「それでも、これで終わりじゃない。むしろ、この場所から新しい世界が始まるんだ……なんてな」


せっかく格好つけていたというのに、途中で耐え切れなくなったのかそうやってアレックスは最後にオチをつけた。

でも、彼の言っていることは正しい。


ここは俺たちが夢を叶えるために使っていた部屋で、夢を叶えて巣立っていく俺たちはこの場所を出たこの瞬間から学生ではなくて、死神としての新たな一歩を踏み出すわけだ。

そして俺たちを取り巻いていた環境は、世界は、大きな転機を迎えるのだ。

この夜が終わったら。


二人でしばらく物のなくなった部屋を見てから扉を閉めた。

思い出がたくさん詰まった特別な部屋だった。

その思い出だけで十分だ。


なんとなく湿っぽくなった空気を悟ったのか、アレックスがわざとらしく伸びをした。

鏡の前で整えたばかりのタキシードがもう着崩れかけている。


「とにかく!泣いても笑っても俺たちが学生でいられるのは今夜までだ。せっかくの卒業プロム。二人でめいっぱい楽しもうぜ」


そう言ってアレックスが笑う。

その笑顔につられるように、俺も自然に笑っていた。





全ての卒業試験が終了した五日後、俺たち新死神生は配属先が決まり、正式に死神として学園から卒業していく。 

そのお祝いの会が、卒業プロムだ。

プロムは事務科と戦闘科が一緒になって行うので、その名の通りダンスパーティが行われる。

死神になれば、事務科と戦闘科は密接に関わりあうことになる。

だから、事前の顔合わせの意味もあるとかないとか。


いずれにしても、戦闘科の男からしたらこんなに楽しいイベントはない。

堂々と女の子とダンスが出来るなんて、そうそう恵まれる機会じゃない。

目の前を歩く男こそ、十人くらいの女子を連れていてもいいほどだというのに。


アレックスは、女の子を誰も誘わなかった。

プロムの案内が出たとき俺はまだ眠っていて、いつ目覚めるかも分からない俺を置いて誰かを探す気にならなかったらしい。

俺が目を覚ましたのは結局プロムの二日前で、その頃にはもうほとんどの女子がパートナーを決めた後だった。


そんなこんなで、俺たちは男二人で寂しくもむさ苦しいプロムを迎えることになったというわけだ。


と言っても、俺なんかよりもずっとモテモテのアレックスだから女の子側からのお誘いも多かっただろうし、踊りたかったんじゃないだろうか。

気にしてそう尋ねた俺に、アレックスは笑いながらこう言ってくれた。

俺がこの学校で一番会えて嬉しかったのはエリオだから。だから、いいんだよ。そんなお前と一緒にプロムに参加できるならそれでって。


それはそれは感動したさ。

そんなに大事に思ってもらえるなんて、素晴らしい友情だと、そう思っていたはずだったのに。


「お、おいエリオあの子見ろって」


会場に入ってものの十分。美しき男の友情はあっさり破り捨てられた。

会場に少し遅れてやってきたのは、青いドレスを身に纏った美しい女性だった。

薄い金色の髪は綺麗に結い上げられ、髪と同じ色素の薄く長いまつげがパチリと大きな瞳を瞬かせる。

見たこともない、絶世の美女だった。


しかも、その隣にはよっぽどの美人でみんな腰が引けてしまったのか、エスコートをする男の姿がみえない。

それでも階段を一段一段高いヒールで降りてくる彼女に、会場中の男も、そして女も釘づけだった。そして、目の前の男は俺の感動の涙も忘れてこう言ったのだ。


「俺、あの子ちょっとナンパしてくる」

「は?ちょ、待った!アレックスがいなくなったら俺一人に……」

「悪いエリオ。でもさ、あんな美人が一人でいたらもう声をかけるのは男の性であり義務だろ、義務」


え、と思ってももう引き止めようにもアレックスは意気揚々と彼女の方へ向かっていた。

おいおい、男の友情はどうした。あの感動的なスピーチはどこに消えてしまったんだ。

所詮、ああ所詮男の友情なんてこんなもんさ。

目の前に絶世の美女が現れた瞬間、ひらりと手のひらを返されるのだ。

ああくそ、なんとなく殴りたい。


アレックスは女の子の前で恭しく頭を下げる。白い手袋で彼女の手をそっと取った。

ものすごく気に入らないけど、美形の二人が並んでいるとそれだけで絵になって、更に周りの注目を集めている。

あーあー、俺は一人で寂しくジュースでも飲んでてやるさ、とちょっと泣きそうな気持ちでブスッとしていた時だった。


「君の名前は?」


ニッコリと微笑んだアレックスを見て、ああこれで俺は一人寂しい最後の日を迎えるんだな、男の友情なんて所詮と考えを巡らせる。

でも、女の子から返ってきた言葉は想像とは全く違った。


「新しいギャグ?そんなことよりエリオと一緒なんじゃ…」

「え?」

「え?」


二人が不思議そうに顔を見合わせる。背中を向けていた俺も、驚いて二人の方を見た。

ちょっと待った。今俺の名前上がった?

いや、それ以前に今の声は。


とても、とてつもなく聞き覚えがある。それは声をかけたアレックスの方も一緒にみたいで、驚いて口をパクパクさせながら彼女を見る。


「……アリシア?」

「なに?」


あっさり返事が返ってきた。


「ええええっマジで?」


アレックスが驚くのも無理はない。

いや、もちろんもともと彼女は整った顔をしていたけど。

でもさ、こうメガネを掛けていかにも優等生って感じの子がまさか絶世の美女!みたいに突然変身するなんて信じられない。

女子って怖い。それに、こんなに胸も……いや、うんまあ、うん。


とりあえず、俺もアレックスも激しい動揺を隠せなかった。

ただ、詐欺じゃん、と呟いたアレックスがぶん殴られていたので、俺はアレックスの屍を超えてきた絶世の美女もといアリシアに動揺を悟られないように笑顔を作る。


ありがとうアレックス。お前の死は無駄にはしない。


「ドレス、綺麗な色だね」


どこを褒めたら彼女の気に障らないか考えながらそう言うと、彼女が一度瞳を丸めた。

ああ、と呟いてそっと不思議な色のドレスを撫でる。

離れた場所から見たときは青だと思ったけど、近くで見ると、そんな言葉では表せない色だった。


ベースは青。

でも、ただの青じゃなくて、会場の光の加減で色の濃さがこまめに変わる。

見たことない、色。


「今日がプロムだから、貰ったの」

「へぇ……」


きっと高そうな生地だろうに。

さすが死神を目指す家庭なだけあるな。


今更ながら、自分とアレックスが特殊なだけで、周りはこの日のためにドレスをポーンと買い与えられるだけのお金を持ってる貴族様ばかりなんだと、そう思い知った。


不意に、会場に曲が流れ始める。

さっきまで立食しながら会話に花を咲かせていたはずの生徒たちが、こぞって会場の真中へと歩いていく。


「始まったな」


ぽつりと呟いたのはいつの間にか復活したアレックスで、三人並んでダンスを始まったホールの中心を見た。


「行かないの?」


そう聞くと、二人とも小さく笑って頷く。


「パートナーもいないしな。俺たちはおとなしく人がいない間においしいご飯にありつくとしようじゃないか。一緒にご飯食べるのも、今日で最後だしな」


三人一緒はこれで最後かもしれないし、と笑ったアレックスの背中をポンと叩く。

全く、そうやって簡単にしんみりしたこと言うんだから。


「今更それっぽいこと言ってもダメだぞ。裏切り者」

「……うっ」


ニッコリと笑ってそう言って、俺はさっさとアリシアの手を引いた。


「ってわけで、留守番よろしく。裏切り者」


追いつかれないように二人でダンスの輪に入っていく。後ろで、ずるい!と主張した男の声に、手を握ったままアリシアと二人で思わず吹き出した。




こうして、俺たちの学生最後の日は幕を閉じたのだ。





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