4章-1
光が入り込まない廊下を、男は一人歩いていた。
カツカツと、冷たい大理石を踏む音が漆黒の軍靴から鳴っている。
やっとたどり着いた部屋に入り毛の長い赤い絨毯の上を歩いて、紫の軍服を纏った男はその突き当りで仰々しく膝を折った。
なにも言わず頭を下げた男を、大きな椅子に足を組んで座っている男が見下ろした。
燃えるような紅が、暗い部屋でも不敵な光を放っている。
炎のようなその瞳は、この世のすべてを焼き尽くし、そしてありとあらゆるものを一瞬で無にかえすことが出来そうな恐ろしさを秘めていた。
その瞳に見つめられただけで、きっと気の弱い人は永遠に正気を失ってしまうであろう、地獄の炎すら嘲笑ってしまいそうな絶対的な紅。
「それで?」
男の口元に笑みが浮かぶ。
どこか楽しそうな声に、ずっと黙っていた男はやっと口を開いた。
「陛下のご期待には添えないかと」
その言葉に、椅子に座っていた男が不機嫌そうに組んでいた足を床に下した。
それと同時に、彼の足もとから大きな炎があがる。部屋全体を一気に駆け抜け、閉ざされた重たい扉が吹き飛んだ。
「下がれ」
吐き捨てるような冷たい言葉に、軍服の男は深く頭を下げる。
無意識に震えてしまった足を何とか動かして王の御前を後にした。
*
アレックスに叩き起こされたのは、まだ日も昇りきらない朝と夜の狭間の様な時間だった。
空がやっとうっすら明るくなってきたみたいな、徹夜して朝だと認めるか否かの判断に悩むようなそんな時間。
自主的に起きるのはいいけど起こされるのは気に入らない派の俺は、不機嫌丸出しの瞳でアレックスを見る。
それでも、そんな俺なんてお構いなしでアレックスは人の肩をガンガン揺らしていた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃねぇって!思い出したんだ、アリシア・メリーメイドの正体!」
「はぁ?正体?」
不思議そうな顔をすると、アレックスが瞳をキラキラと輝かせる。
何度も見ているが、相変わらず大型犬を思わせる瞳だ。犬の耳としっぽが見える気がする。
「そう!どっかで聞いた名前だなって引っかかってたんだけど、さっきやっと思い出してさ」
へえ、そう。とやる気なく返してやったというのに、向こうは聞いて驚け!とどこまでも嬉しそうな声を出した。
「座学の不動のトップだ!やったなエリオ!壊滅的だった俺たちの座学試験に希望の光が見えてきたぞ!」
「壊滅的なのはアレックスだけだろ」
俺は平均以下赤点以上。
それだけ呟いて背中を向けて、俺は寝るんだとアピールしたのに、よっぽど興奮してるのか、アレックスは喋るのをやめなかった。
「試験までまだ時間あるし、メリーメイドに座学教えてもらおうぜ。テスト対策とか。とりあえず全範囲のノートコピーさせてもらえないかなー。暗記だけなら結構自信あるんだよな俺」
何組だっけ。次の顔合わせって来週の卒業試験対策で新しく増えた実技授業の時だっけ。
やまない質問に布団を頭からかぶる。
分かったから寝かせてくれよ明日も授業なんだから、と態度で示し続けても伝わらず、結局アレックスが自分のベッドに戻ったのはすっかり朝になってからだった。
そして、当然起床時間になっても起きなかった男は、一限の座学がもう終わろうという時に、教室に駆け込んできたのだった。




