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第七話 路地裏にて

 

 光り輝く女の暴虐は周囲の意識を集めた。恐ろしいからこそ、目が離せない。そう、彼女の力にはどうしようもない誘引力があった。



 だからこそ。

『それ以外』がどうなっているかなんて、誰も見ていなかった。



「はぁ、はっ、……ふっう!」


 主城から離れた、路地裏。

 薄暗く、人の目が向けられることのないそこで荒い息を吐く女が額の汗を拭っていた。


 アイア=ハニーレック男爵令嬢……のガワを被ったサキュバス。第一王子直属の騎士たちや騎士団長を手駒としてなおマーブルに敗北した悪魔の一種である。


 普通なら即座に拘束ないしは殺処分されていただろうが、サキュバスが敗北してすぐに光り輝く女が出現、マーブルの腹部を貫くという強烈なインパクトでもって注目を集めたがためにこうして主城の外まで逃げることができた。


「マーブル……。ふ、ははっ。何が長々と並べないと正当化できない悪いこと、よ。アタシは正しい。弱い連中が自慢げに大陸を席巻しているのがおかしいんだから、あるべき姿に戻そうとしているアタシが間違っているわけないっ」


 果たしてどこか苦々しげに吐き捨てているとサキュバスは気付いていたか。


『よくわからないけど、誰かの意思を歪めるのは悪いことだからやっつけるね』、と真っ直ぐに告げたマーブルに反論できなかった事実に動揺しているのだと、その理由にまで気づくことができれば何かが変わったのかもしれないが──



「これはこれは。とびっきりの拾い物ですわね。世界を鮮血と死で埋め尽くすためにも有効活用するですわよ」



 するり、と。

 声が、サキュバスの脳裏に染み込む。


「ッ!?」


 咄嗟に後方に飛び退いたサキュバスは思いの外近くにまで声の主の接近を許していたことに気づく。


 数メートル先。

 路地裏の薄暗い闇の中から這い出るように一人の女が踏み込んでくる。


 透き通るような蒼色のとんがり帽子にマント。腰まで伸びた髪が同じ色なのはまだしも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 見た目はマーブルよりも年上で、ミーリュアと同じくらいか。感情を感じさせないサファイアのような瞳でサキュバスを見つめる女の唇が、開く。


「モルガン、出番ですわよ」


「はいはーい、エレインねーさまのご命令であーればー喜んでっ」


 戯けるような声が上空より響く。

 蒼の女と同じく、サキュバスの五感を欺いて接近した何者かの声が。


「上、だって!?」


「おっそーい」



 ゴッッッ!!!! と。

 その一撃は王都全域に激震をもたらした。



「が、ぁぶあ……?」


 何が起きたのか、攻撃を受けたサキュバスでさえも認識できなかった。気がつけば地面に倒れており、全身から鮮血を噴き出していたのだ。


 サキュバスは男の色欲を増幅して堕落させる悪魔だ。決して直接的に人間に害を加えることに特化しているわけではないが、その本質は悪魔。大陸最強の最有力候補である騎士団長や無名ながら規格外の力を持つマーブルのような例外でもなければ、単純な殺し合いであってもそうそう敗北することはない。


 そのはずだった。

 だというのに、サキュバスは一撃で地に伏していた。


 いかにマーブルとの戦闘でダメージを受けていたとはいえ、何をされたか分からないほどに彼我の力の差が広がった『敵』なんてそう多くはない。


 それこそ。

 騎士団長ウルフ=グランドエンドと並ぶ、大陸最強の候補でもなければ。


「この力、それに、その姿……ま、さか……魔女……?」


「おっ、よくわかったっすねー。魔女の三姉妹が三女モルガンっしょー。どうぞよろしく☆」


 だんっ、と上空に『浮かんでいた』モルガンが倒れ伏すサキュバスの近くに降り立つ。


 彼女もまたとんがり帽子にマントを羽織っていたが、その色は燃えるような紅。小柄な体格に比べてサイズが大きすぎてぶかぶかなとんがり帽子からは同じ色に染まった髪が覗いており、瞳はルビーのように輝いている。……当然のように肌もまた紅に色づいていた。


 袖が長く指まで隠れた両手で抱くようにねじくれた杖を持っており、外見からはマーブルよりも幼く感じられる。


 そんな小柄な女の子が、一撃でサキュバスを撃破したというのだ。外見と実力は関係ないというのはわかっているが、どうしてもそのギャップに呻き声を上げてしまう。


 魔女。

 騎士団長と同じく大陸最強の候補でありながら、ほとんど伝説と語られる存在。様々な伝承の中に『魔女は長寿である』というものがあるがために、人間であればとっくに死んでいる過去の存在ながら未だに魔女こそが最強の存在だと主張する者がいなくなることはない……くらいには凄まじい偉業の持ち主なのだ。戦闘に特化していないサキュバスが直接戦闘で敗北してもおかしくないほどに。


「は、はは。なんで、伝説と語られているくらい、には……長い間、隠れ潜んでいた魔女が……」


「そんなことどうでもいいですわよ」


 それよりも、と。

 エレインねーさまと呼ばれていた蒼の女は言う。どこまでも感情を削ぎ落とした無機質な声でもって。



「サキュバスをはじめとして悪魔は契約に縛られるですわね? それこそどのようなことであろうとも、契約を結んでしまえば逆らうことはできないのですわね?」



「……ッ!!」


 エレインの言葉は正しい。太古より悪魔と契約は切っても切り離せないものなのだから。


 契約魔法。

『真なる名』を悪魔自らが明かし、約束することを象徴として発動することができる魔法である。


 その魔法の下に結ばれた契約(約束)は魔法の使用者であるサキュバスであっても反故にすることはできない。


 悪魔という種族のみが生まれながらに契約魔法という特異な魔法を保有しているというのだから、それは鳥が空を飛ぶように種族としての特性のようなものなのだろう。


「ふ、はは。それが? 契約は相手に心を許したという象徴として『真なる名』を明かし、その相手との約束は守らなければならないという意識を増幅する魔法よ。『真なる名』を明かすという条件を満たすことがなければ契約でアタシを縛ることはできない!!」


「『真なる名』を明かす気はないから契約を結ばれることはない、と?」


「そうよ。例え拷問されようとも、サキュバスの誇りにかけてアンタに『真なる名』を明かし、屈することはない!!」


「ふうん」


 あくまで感情を感じさせない瞳を細めて、蒼の女は倒れ伏すサキュバスの髪を掴み、顔を持ち上げ、視線を合わせる。


「一つ良いこと教えてあげるですわよ。モルガンと同じく私も魔女。私が振るう魔法は『深化(アビス)』に至っているのですわよ。すなわち増幅という基本性質にさらなる性質を付加することができるというわけですわね」


 つまり。

 つまり。

 つまり。



「『深化(アビス)』──支配。基本性質に留まる魔法であれば他者のものであっても支配可能な私であれば、貴女の意思に関係なく契約魔法を発動、支配できるんですわよ」



 その言葉を証明するようにサキュバスの意思に反して『真なる名』を自ら明かし、魔女エレインの言うがままに契約は結ばれた。


 薄暗い闇の中、誰に気づかれることなく。



 ーーー☆ーーー



 首都全域を揺るがした中心点である路地裏に騎士団長ウルフ=グランドエンドが駆け込んだ時には全てが終わっていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼は舌打ちをこぼす。


「ここで捉えきれなかったのが後々響かなければいいんだが、な」


 ここで激突していただろう者たちを追跡できるような痕跡を見つけられなかった騎士団長は一つ息を吐く。できないことに固執しても仕方ない。手が届くところから、一つ一つ取り組むしかない。


 とりあえずは、


「マーブル。あの嬢ちゃんはどう扱うべきか」

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