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第六話 真なる必殺が相手であったとしても

 

 神々の領域にて『漆黒の千なる闇を従えし邪神』は呆れたように首を横に振っていた。


「本当『結果』を得るためなら『過程』はどうでもいいのでありますね」


 マーブルが家から出ていった。だから連れ戻す。なぜならマーブルのことが心配だから。


 それだけだ。

『金色の一なる光を内包する女神』にはそれ以上も以下もない。


 ゆえにその『結果』へと辿り着くためなら女神は『過程』を気にしない。


 理由はどうあれ自らの意思で飛び出したマーブルを連れ戻そうとすれば抵抗するのは予想がつく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。万が一肉体的に殺してしまったとしても、魂が死を自覚して霧散する前ならば神々の領域に留まっている『本体』の下まで連れ戻せば奇跡に等しい力で再生することで『なかったこと』にできるので容赦する理由はない。


 これが、『金色の一なる光を内包する女神』。己が望んでいることを叶えることは正しく、そのために持っているものを使うのは当たり前と迷うことなく断言する神格である。


(いくらわらわたちが直接魂に刻んで鍛え上げたマーブルちゃんでもアレに真っ向勝負で勝つのは厳しいであります)


 金色の女神が人間が住まう世界に送り込んだのは世界が自壊しないようにと自身の力を何億にも何兆にも分割したものだ。あくまで女神本体ではないが──それでも力の差は歴然だ。


 女神は邪神と同じく『湖』に干渉、時空の壁を引き裂く力を持つ神格である。いかに何億にも何兆にも分割したところでその力は人知の及ぶものではない。それは女神や邪神が鍛えたマーブルも例外ではない。いいや、逆に直接教育してきた女神だからこそマーブルが絶対に勝てないほどの力がどれくらいか判断できるというものだ。


 だから。

 しかし。


「マーブルちゃん、わらわたちの愛しい娘。その障害、乗り越えることができるでありますか?」


 旅には困難がつきものだ。障害が強大だからと屈する程度であれば大人しく連れ戻されたほうがマシである。


 ……もっと言えばマーブルが帰ってくるならそれはそれで最高だという願望がないわけでもないので。



 ーーー☆ーーー



 ザッ、ザザッ! と。

 騎士団長を文字通り()()()()()()()()()()光り輝く女が後ずさる。迎撃、防御、回避を必要としていなかった不動の女帝が揺らぐ。


 光り輝く女は強大だが決して無敵ではない。まさしく力を振り絞ればやり合うことができるという証明であった。


 ただし。


「あ、ああ……っ!!」


 呆然と、目を見開くミーリュアの目の前でばじゅんっ!! と何かが弾ける音が響く。



 光り輝く女を殴りつけたマーブルの右拳、いいや肘から先が丸々弾け飛んでいた。弾けた腕の断面から勢いよく赤黒い液体が噴き出す。



 鉄錆臭いニオイが広がる。

 右腕が先の通り弾け飛んだのもそうだが、その前にミーリュアをどかそうとした女の腕を払った左拳もまた肉が剥がれ、骨に無数のヒビが走っており、そこからも鮮血が止めどなく溢れているのだ。


「そんな、せっかく()()()()()()()()()()()()()のに!!」


「お姉さん、大丈夫だよ」


 女が現れたその時、マーブルは腹部の真ん中を貫かれた。即死とまでは言わずとも数分もあれば死に至る致命傷だっただろう。


 その風穴は、もう塞がりかけていた。

 傷口を押さえていたミーリュアは、掌に伝わる感触から一番にそのことに気付いていた。


 どんな魔法を使っての偉業かは不明だが、奇跡的にマーブルは命を繋いだ。


 だからといって、いくら傷ついても無事で済むとは限らない。


 腹部を貫かれたのはなんとか凌げるかもしれない。だが、左腕が剥がれたのは? 右腕の肘から先が弾け飛んだのは? それらを癒すためには何かしらの力が必要であり、力とは基本的に有限だ。いつまでも損傷を重ねていては、いつか必ず限界はやってくる。何かしらの力が尽きたその時が、マーブルが死ぬ時だ。


 そのことを、他ならぬマーブルがわからないわけがない。いいや、どんな力を使って傷を癒しているのかすらわかっていないミーリュアよりも、マーブル自身が己の限界を実感しているはずだ。


 だというのに。

 ミーリュアを庇うために前に出ていたマーブルは、一度だけ振り返り、こう言ったのだ。


「私、負けないからさ」


 真っ直ぐな笑顔を浮かべて。

 ボロボロの左拳を握りしめて。

 そう告げたマーブルは正面へと向き直り、大きく一歩踏み出したのだった。



 ーーー☆ーーー



 光り輝く女──『金色の一なる光を内包する女神』の力を何億にも何兆にも分割して、神々の領域から人間が住まう世界への進出を果たした操り人形を介して『母親』はマーブルを見つめていた。


 マーブルは強い。

 女神と邪神が育てた箱入り娘である。神々の領域内でならともかく、人間が住まう世界の中で彼女より強い者は存在しないと(あくまでマーブルを溺愛する女神は)断言できる。


 だが、それはあくまで純粋な力のみを比べた話。邪神までも介入している環境で育ってなお純粋に成長したマーブルはもちろん自慢の娘だが──だからこそ、狡猾にして下劣な人間共に傷つけられるかもしれない。


 マーブルの純心を利用して、踏みにじって、肉体はおろか精神さえも穢されてしまうかもしれない。


 そう、力の強弱ではないのだ。神々の領域に君臨するような者たちは基本的に単体で完成・完結しているので他者の足を引っ張るような真似をすることはない。不完全にして未熟な人間共だからこそ、自分が高みを目指すのではなく周囲を下げることに腐心するというもの。


 そんなところに愛するマーブルが踏み込んだのだ。どんな目的あってのことかは知らないしどうでもいい。成長したとはいってもまだ十二歳の少女が親の加護の外に出ようとしているのだ。万が一にでも傷つくことがないよう連れ戻すのが親の務めだ。


 もちろん反発はあるだろうが、今はまだ幼い少女が納得できないのは仕方がない。反発もまた受け止め、優しく導くのが正しいに決まっている。


 だから、金色の女神は容赦をしない。

『過程』がどうであろうとも、娘を守るという親として正しいに決まっている『結果』を掴むために。


 そう。

 これまでと同じように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 カッッッ!!!! と。

 人間が住まう世界で初めて攻撃の意思をもって行動した光り輝く女が放ったのは純粋なる力だった。



 金色の閃光。

 彼女の掌から放射された一なる光の束が真っ直ぐにマーブルへと襲いかかる。


 それは、文字通り光の速さであった。


 それは、『何もせずとも』騎士団長を薙ぎ払ったものと違い、明確に他者を傷つけるために構築された破壊の奔流であった。


 それは、人間が住まう世界で生まれ育った誰であっても抵抗することすらできない真なる必殺であった。


「…………、」


 ただ一人。

 神々の領域に迷い込み、育てられた少女だけが抵抗するだけの(資格)を持っていた。



 ゴッッッガァッッッ!!!! と。

 固く硬く堅く握り締められたマーブルの左拳が必殺の光の奔流へと叩き込まれる。



 大陸最強の最有力候補である騎士団長ですらも攻撃する意志すら持たずに圧倒した金色の女神の『攻撃』に、しかしマーブルの左拳が立ち向かう。押し留める。


 その代償は左腕の損壊であった。

 ぶちぶちバギベギッ!! と肉が剥がれ骨が砕ける音が響く。拳が光の中に消えるように消滅する。そこで終わることなく、光の奔流はさらに奥へと進む。マーブルの腕を吹き飛ばし、その先の全てを消し去るために。


 それでもマーブルは耐える。

 肉体が壊され、消えていくのがわかっていながら、逃げようなんて微塵も考えずに。


「ウルフさん、怪我したよ」


 一瞬でも気を抜けば肉片すら残らず擦り切れそうな中、金色の髪に漆黒の瞳の少女は言う。


「今だって、私が受け止めなかったらお姉さん死んじゃってたよ。神々の領域でだったらお母様の力でどうにかなるかもしれないけど、そこまで『大きな』力はここまで届かない。私がほんの一瞬間に合わなかったら本当に死んじゃってたんだよっ!!」


 歯を食いしばって、目くじらを立てて、全身を震わせて──そう、マーブルは怒っていた。


 そのことに気付いているのかいないのか、光り輝く女は平然と言い放つ。


「だから?」


 それは。

 致命的だった。


「……ッッッ!!!!」


 感情のままに、マーブルは叫ぶ。



「お母様の馬鹿!! だいっきらい!!!!」



 ぱん、と。

 それはもう呆気なく光の奔流は霧散した。


 その先。

 掌を突きつけている金色の女神(の意思を現世に伝える操り人形)は先程までの悠然な態度から一転、顔を青くして泣きそうに、というかもう泣いていた。


「きっきりゃっ、きらいって、マーブルちゃんが、愛しい我が娘がっそんな、そんなの!!」


「お母様が他者を単純に『好き』と『嫌い』と『どうでもいい』で区別していて、分類によって扱いが大きく変わるのはなんとなくわかっていた。だけど、これは……『どうでもいい』からといって、死んじゃってもいいやなんてのは間違っている!! そんな風に命を軽く扱うお母様はだいっきらいなんだからあ!!!!」


 もう一度繰り返そう。

 それは、致命的だった。


 先の光の奔流と同じように、くしゃりと顔を歪めた光り輝く女が弾け飛ぶように霧散したのだ。



 ーーー☆ーーー



 神々の領域にて。

『漆黒の千なる闇を従えし邪神』は一つ息を吐く。


「困ったであります」


 力の波動が荒れ狂っていた。

『マーブルちゃんにきらっ嫌われっ、嫌われたですわああああ!!!!』と遠くから金色の女神の叫びが響いていた。それに合わせるように女神が人間の住まう世界に送り込んだ力が児戯に感じられる暴虐が次から次へと炸裂していた。


 つまり。

 めっちゃ暴れていた。


 ……このまま続ければ神々の領域さえも崩壊しかねないほどに。


「本当、困ったでありますっ! 変に期待して様子見なんてするんじゃなかったでありますね!!」


 漆黒の邪神は金色の女神を止めるために『千の闇』を解放しながら、なんで邪悪なる神が世界を救うために戦わないといけないのでありますかと呆れたように呟いていた。



 ーーー☆ーーー



「ふんっ、お母様の馬鹿っ。……ちょっと、言いすぎたかな?」


 右腕は肘から先が消失しており、左腕は拳が丸々吹き飛んでいる有様で、塞がりかけているとはいえ腹部の真ん中に風穴をあけた少女は、しかし光り輝く女がいた場所を不安げに見つめていた。


 自分のことよりも、光り輝く女のことを気にしていた。


 その姿にミーリュアは知らず知らずのうちに叱責するように叫んでいた。


「そんなことより! 自らの身体を心配してくださいっ。そんなに怪我して大丈夫なんですか!?」


「あ、うん。これくらいなら、まあ」


「……、マーブル一人なら逃げられたはずですよ? それなのに、なぜそんなに傷だらけになるまで戦ったんですか」


「逃げようとしたら、お姉さんたちが巻き込まれて死んでいたと思うから」


「当たり前のような顔をして……。どうして先程出会ったばかりのわたくしたちのためにそんなにボロボロになってまで戦うことができるんですか!?」


「どうしてって」


 僅かに迷うようなそぶりを見せて。

 マーブルはこう答えた。


「多分、お姉さんが私を守るために覆いかぶさってくれたのと同じ理由じゃないかな」

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