表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/38

第五話 強いからこそ

 

 その少女は第一王子直属の騎士を草でも刈り取るように圧倒し、大陸最強の最有力候補である騎士団長の猛攻を退け、(少女曰く)過去に絶滅したはずの悪魔の一角たるサキュバスさえも殴り飛ばした。


 短期間にそれだけの連戦を切り抜けてきた少女が、しかし腹部の真ん中に風穴をあけて崩れ落ちた。


 うつ伏せに倒れる少女から血が噴き出す。先程までどんな攻撃も笑顔で受け止めていた少女が一撃で致命的なまでに破壊されたのだ。


「総員ッ! 避難させよ!!」


 騎士団長が一喝する。簡潔な指示に第一王子直属の騎士たちが微かに迷うそぶりを見せるが、騎士団長の鋭い視線を受けて諦めたように動き出す。


(マーブルとやり合っていた時は思考に干渉されていたので放置していた)大陸統一百周年を祝うパーティーの参加者たちの避難誘導を開始する。ちなみに意識を失っている第一王子はパニック状態で個々人に注目する余裕がないことを良いことに足を掴んで引きずっていた。


「さて、と」


 ──はっきり言って勝算などどこにもなかった。


 相手は(男爵令嬢によって思考を弄られていたとはいえ)余裕をもって騎士団長たちを倒したマーブルを一撃で粉砕した怪物だ。そんな怪物とマーブルにだって敵わなかった騎士団長がまともにやり合えるとは思えない。


 それでも、だ。

 騎士団長は倒れ伏す少女に視線を向ける。


 マーブル。

 明確に殺しにかかっていた第一王子直属騎士や騎士団長を殺すことなく無力化した少女。


 結果的に彼女のお陰で男爵令嬢による魔の手から救われた。あのまま第一王子さえも手中に収めた男爵令嬢の好きにさせていたら、どれだけ甚大な被害が発生していたかは想像もしたくない。


 国家上層部が参加しているパーティーに突如乱入してきたという点は立場上看過することはできないが、それ以上に恩義がある。


 光り輝く女の意図がなんであれ、相手が勝ち目など一切ないとわかりきった怪物だとしても、そいつが少女を害するというのならば騎士団長の答えは一つ。


 ゆえに騎士たちによってパーティー参加者の避難が進む中、騎士団長は迷うことなくこう宣告した。


「女よ。これ以上嬢ちゃんを傷つけるというのならば俺様が相手だ!!」


「……?」


 対して、光り輝く女は不思議そうに首を傾げる。


 その唇が。

 動く。


「どうやって???」


 瞬間、それは起きた。



 ーーー☆ーーー



「マーブルっ。しっかりしなさい、マーブルっ!!」


 ここに至ってようやく現実に認識が追いついたミーリュア=ヴィーヴィ公爵令嬢が倒れ伏すマーブルに駆け寄る。咄嗟に腹部に空いた穴を手で押さえるが、そんなことをしてもどうしようもない。


 心臓や頭部といった急所ではないにしても、腹部に拳大の風穴をあけられては死を避けることはできない。


 それでもミーリュアは傷口を押さえる手をどけることはできなかった。意味がないと心のどこかで理解していても、だからといって受け入れられるわけがなかった。


 突如現れた少女だ。会話なんて数えるほどで、友好関係なんて皆無に等しい。だからといって何歳か年下だろう少女が無惨にも殺されるのが仕方がないと片付けられるほどミーリュアは達観していない。


「マーブル、マーブルっ。ダメです、こんなところで死ぬなんて許しません!! お願いですから死なないでください!!」


 ミーリュア=ヴィーヴィは公爵令嬢だ。大抵の人間よりも恵まれている。それでも、今この場で少女を救う力は持ち合わせていなかった。


 そのことが悔しくて、悲しくて。

 意味もなく叫ぶことしかできない無力さに涙が滲む。


 だから、だろう。

 この場の誰よりも早く『それ』に気づくことができたのは。



 ーーー☆ーーー



 女は別に特別なことは何もしなかった。

 本当に、何も。


「ッ!!」


 もちろん騎士団長は油断などしていない。初手より必殺。空気の中から燃焼・爆発する成分を選別、増幅することで地形破壊さえも可能な爆撃を放つ。


 バッゴッッッ!!!! と凄まじい爆音が炸裂する。マーブルの時と同じように爆撃よりもさらに外側を空気の膜で覆い、一点に隙間をあけて爆風を逃がすことで周囲の人間を巻き込まないようにしていたのだが──女は閉じ込められたことも、爆撃に晒されたことも無視していた。


 何事もなく、立つのみ。

 迎撃、回避、防御といった行動に移ることなく、ただただその場に君臨していた。


 それでも。

 地形さえも変える爆撃が女に触れた瞬間その力を失って霧散する。まるで光の中に消えるように呆気なく。


「お、おお、おおおおおおおッ!!」


 咆哮と共に騎士団長が力を振るうが、同じだった。そのことごとくがかき消えてしまう。


 マーブルだって騎士団長を圧倒してはいたが、何かしらの『行動』はしていた。きちんと騎士団長と敵対し、迫る力を迎撃するために『行動』していたのだ。


 だが、光り輝く女は違う。

 そもそも騎士団長とやり合っているつもりがない。()()()()()()()()()()のだ。


 勝負する以前の問題。

 いくら騎士団長が力を振るったところで直撃したことにすら気づかないほどに彼我の力の差が広がっていたならば、文字通り相手にならない。


 ゆえに、女は地に伏すマーブルに向かってしゃがみ込む。その動きを止めることができない。


「舐、める、なァああああああ!!!!」


 飛び込む。

 振るう力のことごとくが光の中に消えるように消滅させられたとしても、騎士団長は諦めなかった。


 己の力の全てを全身に巡らせ、女へと飛び込む。しがみついてでも動きを止めてやろうとして、だが──女に触れた瞬間、大型の魔獣に突進されたかのような衝撃と共に吹き飛ばされた。


「ぶっ、……ばぅがあ!?」


 赤い液体を口と言わず全身から噴き出しながらパーティー会場の壁に激突する。子供が隙間なく落書きしたかのように、全身が歪に裂けたのだ。


 それでも立ち上がろうとして、ガクリと膝から崩れ落ちる。何度か斬られたくらいなら気にせず戦闘を続ける騎士団長だが、そんな彼であっても身動きができないほどに損傷が激しいのだ。


「さあマーブルちゃん、早くお家に帰りましょう」


 鈴が鳴るような清らかな声音で言葉を紡ぐ女は最後まで騎士団長が襲いかかっていたことを気にすることすらなかった。


 であれば、だ。


「だめ、です。これ以上マーブルを傷つけないでくださいっ!!」


 マーブルに覆いかぶさるミーリュア=ヴィーヴィ公爵令嬢のこともまた、気にすることはない。邪魔だからどける。それくらいの認識で大陸最強の最有力候補である騎士団長を一撃で倒した力ある身体が動く。


 その。

 寸前のことだった。



「さっき、私、言ったよね」



 ゴッッッドン!!!! と。

 跳ね上がった拳が今まさにミーリュアを()()()()としていた女の手を振り払う。


 声が、響く。


「普通強いほうが矢面に立つもんだって。だから、ほら、お姉さんは下がっててよ」


 マーブル。

 黒地に金の刺繍が入ったマントを羽織った金髪黒目の少女は女の手を振り払った拳とは逆の拳を放つ。


 空気を引き裂く音と共にその一撃は女の顎を打ち抜いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ