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第四話 一撃

 

 少女の拳がサキュバスを打ち抜く。

 膝から崩れ落ち、意識を失う。


「よし、終わりっと」


 拳を振り切った状態でマーブルが呟く。

 途端に、だ。



 ──変化は劇的であった。



 第一王子に近づき、誑かしていたのは確実だったアイア=ハニーレック男爵令嬢を()()()()()()()()()()()()()ことをようやく認識できた騎士団長は情けないと言いたげに息を吐く。


 サキュバス、というものの真偽は置いておいて、少なくともアイア=ハニーレック男爵令嬢に思考を弄られていたのは確かなようだ。他ならぬアイアが撃破された瞬間、騎士団長の中から『力』が失われた感覚があり、正常に思考を回せるようになったのだから。


 と、その時だ。

 第一王子がマーブルへと歩み寄っていく。


「この俺が男爵令嬢ごときのために権力増幅装置を切り捨てようとしていた、か。マーブルとやら。サキュバスなんてものは戯言にしても、貴様の言う通りその男爵令嬢によって俺は操られていたようだな」


「だからそう言ったじゃん」


「不敬なる言葉遣いだが、まあいい。大陸統一百周年を祝うパーティーに紛れ込んだのも、馴れ馴れしいその態度も第一王子である俺を淫売から解放したことに免じて許してやろう」


「え、うん……?」


 何言っているんだろうこの人? とでも言いたげに少女が眉を潜めていることに気づいているのかいないのか、第一王子は少女へと遠慮なく近づく。


 いいや、正確にはそのそばに倒れているアイア=ハニーレック男爵令嬢──第一王子を誑かしていたサキュバスへと。



 ゴシャア!! と。

 アイアの顔を第一王子が勢いよく踏みつける。



「え、え? 何やっているの!?」


「決まっている。この、俺を! 第一王子であるこの俺を操るなどというふざけた真似をしてくれた淫売を踏みつけにしているんだっ。はははっ!! 感謝するぞ、マーブルとやら。貴様のお陰で忌々しい淫売の企みを砕き、ぶち殺すことができるのだからなあ!!」


 一度では満足なんてできなかったのだろう。さらなる力を込めて踏みつけようと第一王子が足を上げたところで──


「悪い奴め、やっつけてやる!」


 バッゴォォォンッッッ!!!! と今日一番の轟音と共に第一王子が吹き飛んでいった。


 拳を振り切り、ふんっと苛立ちげに鼻から息を吐くマーブル。


「弱っている相手を狙うなんて最低なんだからねっ!!」


 びしっと指まで突きつけるが、当の第一王子は壁に叩きつけられて白目どころか泡までふいてぶっ倒れているので聞こえてはいないだろう。


「ちょっ、ちょちょちょっとマーブルっ。自分が何をやったかわかっているんですか!?」


 慌ててマーブルに駆け寄っていくのはミーリュア=ヴィーヴィ公爵令嬢。(操られていたとはいえ)第一王子から婚約破棄された令嬢である。……その後に色々ありすぎて婚約破棄があったことなんて忘れられつつあるが。


「何って、もちろん悪い奴を殴り飛ばしたんだよっ」


「確かに殿下の行動は決して褒められたものではありませんでしたが、あんなのでも第一王子なのですから手を出してはいけませんっ。殴り飛ばすだなんて死罪となってもおかしくないんですよ!?」


「なんで? 悪い奴はやっつけるものじゃん。なのに、なんで第一王子だったらやっつけたらダメになるの?」


「そ、それは……」


 真っ直ぐな目だった。

 純粋な、透き通るような漆黒の瞳を前にしてミーリュアは言葉に詰まった。


 理由であればいくらでも思いつく。

 だが、そのどれもが真っ直ぐな少女を前にすると薄汚れたものにしか感じられなかったのだ。


 王族が相手だから、という『支配者のための理』でこの少女を納得させられるとはどうしても思えなかった。


 と、そんな風にミーリュアが困っていると横から騎士団長が声をかけてきた。


「嬢ちゃん、そう虐めてやるな。ダメなものはダメなんだよ」


「えー。なにそれ」


 不満そうに頬を膨らませるマーブル。

 そんな彼女を前にして騎士団長ウルフ=グランドエンドは肩をすくめて、


「ふざけた話かもしれんが、世の中ってのはそういうものなんだよ。それより、だ。どんな理由があったにしろ王族に手を出した嬢ちゃんを見逃すってのは立場上無理でな。大人しく拘束されてくれないか?」


「拘束?」


「ああ。嬢ちゃんには助けられたようだし、一時的に拘束するだけで済むよう調整はする。だから、抵抗しないでくれると助かる。……恩人を相手に剣を向けたくはないからな」


 まあやり合うことになれば十中八九俺様が殺されるだろうが、と大陸最強の最有力候補とは思えないぼやきを付け加えるウルフ。


 マーブルはといえば首を傾げながらも、ひょいっと両手をウルフへと差し出す。


「よくわからないけど、拘束しちゃっていいよ」


「俺様が言うのもなんだが、よく受け入れてくれたものだ」


「だって一時的なものなんだよね? 困ってそうなウルフさんのためになるなら、別にいいよ」


「……、そうか」


 申し訳なさそうなウルフが(周囲の目もあるので)魔法的に拘束しようとした、その時だった。



 ゴッッッぢゅっっっ!!!! と。

 マーブルの腹部、その真ん中を光り輝く腕が突き抜けた。



 それは金色に輝いていた。

 それは光が腕を形作っているようだった。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 裂け目から飛び出した腕はマーブルを貫いていた。その腕が引き抜かれたかと思えば、それとは別の腕が裂け目から飛び出す。二つの腕が裂け目の断面を掴み──扉でも開くように大きく左右に動く。


 ギィィィヂヂヂヂィッ!!!! と異様な音と共に裂け目が広がっていく。そこから、光が溢れた。


 裂け目はいつまでもは残らない。マーブルが現れた時と同じように、気がつけば消えていた。



 そして、同じようにその女は現れていた。

 金色の髪は地面に垂れるほどに長く、金色の瞳は宝石よりもなお深く輝いている。


 その女の全身は金色の光で形作られたように揺らめいていた。



「うふふ。マーブルちゃん、迎えに来ましたわ」


 女神様、と。

 誰に教えられるでもなくそう感じさせるほどの美を纏う女はマーブルから引き抜き真っ赤に染まっている指を舐めて、蕩けるような笑みを浮かべていた。



 ーーー☆ーーー



 神々の領域にて『漆黒の千なる闇を従えし邪神』は呆れたようにため息を吐いていた。


「騒がしいと思えば、あいつでありますか」


『湖』で区切られた時空の壁を越えるのはいかに神格であっても不可能だ。より正確には神格であればあるだけ困難となる。


 膨大な力を秘める存在が時空の壁を越えようとすれば、その分だけ大きな穴が必要となる。加えて時空の壁に女神や邪神そのものという大きすぎる力を内包した存在が通り抜けられる穴を開けようとすれば時空の壁という世界を支える外殻が崩壊、世界そのものが自壊することになる。


 ……マーブルを神々の領域から人間が住まう世界に送り込むことができたのは女神や邪神よりも力が弱かったのでその分小さな穴を用意するだけで良かったからだ。人間一人分くらいであれば世界間の移動を果たしても世界が自壊することはないので。


 ゆえに女神『そのもの』は人間が住まう世界に降り立つことはできない(正確には降り立とうとすると世界が自壊する)。ただし、その力を何億にも何兆にも分割して『小さく』したものを送り込むことは可能なのだ。


「遠隔操作可能な操り人形を使ってマーブルちゃんを連れ戻すつもりでありますね。どうせ『過程』がどうであれ、己が望みを叶えるという正しい『結果』を掴むことができればいいとでも考えているであります。はぁ、あいつを『金色の一なる光を内包する女神』と崇め、正義の象徴と掲げているなんて人間とは本当物好きでありますよね」

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