第三十四話 大好きだからこそ
騎士団長の力である空気の支配、副団長の力である回転、『スカイサーベル』のリーダー格の男の力である雷撃。彼らが直接力を振るったとしても滅亡の『象徴』である金色の閃光を破ることはできなかっただろう。
だが、力を振るったのはマーブルだ。
ミーリュア=ヴィーヴィ公爵令嬢の『教える』力を魔女モルゴースが増幅、他者の言葉さえも完全な精度で伝わり、マーブルが覚えているがために。
神の力、すなわち女神と邪神の魔力を元手とした増幅は金色の滅亡であっても打ち破る領域に到達している。
「くっくっくっ。これが空間を引き裂く異常現象の中心点か。確かに『流星』などよりよっぽど脅威だな」
「結局これって何がどうなっている感じなんだっけ!?」
「ハッ! なんでもいいだろうがよ。大事なのは一つ。つまんないもんはさっさと片付けて、クソガキは俺の手でぶっ倒すってことだァ!!」
今のを見てもまだやり合う気なのかと副団長が馬鹿を見る目で『スカイサーベル』のリーダー格の男を見返すが、当の本人は至って本気であった。
その姿に騎士団長までが俺様も見習わないとな、などと呟くものだから、普通の感性の持ち主のはずの副団長があれ? 自分が間違っているの??? と目を瞬かせていた。
マーブルはといえば軽く腕を回しながら、金の繭を見据えて、
「うーん。ゼロさんはお母様が引きこもって無秩序に力をばら撒いているとしか言ってなかったけど……あれ、お母様自身も制御できていないんじゃないかな?」
「ほう? どうしてそう思うんだあ?」
ゼロの問いにマーブルは胸を張って自慢げにこう答えた。
「お母様の本気はこんなものじゃないもん。ってことは、意図せずして力が垂れ流されているだけとしか思えないよね」
「そっかあ。拗ねて暴れているだけならマーブルちゃんが説得して終わりだったんだがなあ。力の制御ができていない、かあ。確かあの女神は多くの神を習合していたよなあ。一なる光、多くの神の『象徴』に引っ張られて自分を見失ってやがるといった感じかあ。となるとお、ぶち殺すしかないかあ?」
「ううん」
首を横に振って、改めて拳を握り締めるマーブル。どこか申し訳なさそうにこう続けた。
「いつものお母様なら一なる光に負けやしないよ。それがこうも振り回されているのは……私のせいかもしれない」
思い出されるのは旅に出たその日のこと。
騎士団長を圧倒し、ミーリュア=ヴィーヴィを巻き込むことすらどうでもいいからとにかくマーブルを連れ戻そうとしていた母親へと放った言葉。
『お母様の馬鹿!! だいっきらい!!!!』
あの時は誰かを傷つける行為に対する怒りで冷静ではなかった。きちんと向かい合い、話し合う余裕がなかった。
『お母様が他者を単純に「好き」と「嫌い」と「どうでもいい」で区別していて、分類によって扱いが大きく変わるのはなんとなくわかっていた。だけど、これは……「どうでもいい」からといって、死んじゃってもいいやなんてのは間違っている!! そんな風に命を軽く扱うお母様はだいっきらいなんだからあ!!!!』
母親の行動は確かに過剰であり、決して許していいものではなく、しかしだからといって母親との縁を切りたいわけではない。
何かあれば、マーブルは必ずお母様とお母さんに育てられたことを念頭に置く。二人の母親に育てられた自分なら大丈夫だと、マーブルという魂の根幹に女神の存在は根付いている。
それくらい、大好きなのだ。
神としては完璧に近くて、ゆえに『人の感性』とはかけ離れた真なる神格。祝福と災厄。相反する顔を持つのが当たり前で、気まぐれ一つで国だって救ったり滅ぼしたりが当然の神と『人の感性』とが噛み合わない時だってあるに決まっている。
それでも、大好きなのだ。
いつだって女神は本気だった。子育てなんてしたこともなく、それでも真っ直ぐに全力でぶつかってくれた。邪神を習合して完全なる神様へと至る道を切り捨ててでも、全身全霊をもって育ててくれたのだ。
だから、大好きなのだ。
大嫌いなんて、言うべきではなかった。
その言葉が、勢いのまま放たれた言葉が、女神を傷つけた。くしゃりと歪んだその顔が、今でもマーブルの脳裏にこびりついている。
普段なら簡単に制御できている一なる光の暴走を許すほどに、女神を傷つけたのはマーブルだ。
「だからこそ、私が止めないと。殺すんじゃない。力の制御ができるようになるまで、全力でぶつかってあげるんだ!!」
現在、女神は『振り回されている』。
一なる光、複数の『象徴』の制御ができないほどに心乱されている……というマーブルの予測が正しいと仮定するとしたら、
「マーブルちゃん。女神のことは好きかあ?」
「当たり前だよっ」
「ならあ、それを思いっきりぶつけてこい。それがあ、突破口になるだろうからなあ」
「もちろん!!」
だんっ!! と地面を蹴り、前に進むマーブル。金色の繭、大好きな母親の元へと。
ーーー☆ーーー
金色の閃光はそれ自体が時空の壁を引き裂くほどの破壊力を秘めているが、それだけで終わらない。
『生み出す』力。
それも女神の心理状態に引っ張られる形で滅亡を『生み出す』のだ。
ぶっっっワァ!! とマーブルが吹き飛ばした金色の閃光の軌跡をなぞる形で滅亡が顔を出す。
それは無数の巨人だった。
数十メートルクラスの巨大な怪物がマーブルへと殺到する。
「邪魔、だよっ!!」
振り下ろされる拳を避けるのではなく、真っ向から受け止める。ズッズン!! と地面が隕石の落着後のように深く沈むが、両手を交差して受け止めたマーブルにダメージはない。女神と邪神の魔力を魔女モルゴース方式で取り込み、肉体強化魔法へと注ぎ込んで脅威的な膂力を手に入れた上で選別や支配の『深化』で自壊を阻止しているのだ。今のマーブルにダメージを与えるなら、最低でも時空の壁を引き裂くほどの一撃が必要である。
「ふぅ、ん!!」
弾き飛ばす。
両手で思いっきり押し返しただけで数十メートルクラスの巨体が落ち葉のように宙を舞う。その間にも左右から挟み込むように二体の巨人から蹴りが放たれるが、それぞれ片手で受け止め、握り、振り回す。
ゴッ!! と長大な『武器』でもって迫る巨体の群れを薙ぎ払う。
と、後方より叫びが一つ。
「何を真っ向勝負で時間を無駄にしているのよっ。そんなヤツラ、アタシの力で無力化しなさい!!」
サキュバス。
その力は、
「真っ向勝負が好きなんだけど、これは喧嘩じゃないもんね。ようし、全員おすわりい!!」
ズッズゥゥゥン!!!! と。
世界を滅亡に導く『象徴』が一斉に膝をつく。
魅了。
男であれば自分よりも強き者であっても隷属させるサキュバスの力である。
だが、一体だけマーブルの魅了から逃れた巨人がいた。女であるために魅了を受けなかったその巨人はぶぢぃ!! と膨らんでいる腹を自身の両手で躊躇なく引き裂いた。
その『胎』より飛び出すは強靭な狼、巨大な蛇、青白い女であった。
滅亡の象徴、世界を滅びに導く因子の出産。その模倣である。
そう、あくまで一なる光は無数の神が習合した結果、ほとんど『なんでもできる』力を宿しているというだけであり、滅亡そのものではない。『生み出される』ものも滅亡の象徴としての力を宿してはいるが、そのものではないのだ。
それでも、世界を滅亡に導くだけの力は秘めているので脅威度は滅亡そのものと同等ではあるのだが。
「むうっ。次から次に!!」
拳を握りしめ、迎え撃とうとするマーブル。そんな彼女を追い越す無数の影があった。
『千の闇』の悪魔たち。
七つの大いなる罪業を象徴とする、などの伝説的存在ですらない。マーブルが幼い頃に『ごっこ遊び』で倒してきた者たちである。
「みんな、待って!!」
肉体強化魔法すら使っていない、ゼロにデコピン一つでやられていた頃のマーブルでも倒せるくらいの実力では世界を滅亡に導く因子には対抗できない。無残にも瞬殺される……はずだった。
一撃だった。
今のマーブルでも何が起きたのか正確には理解できないほどの『一撃』でもって滅亡の因子が薙ぎ払われたのだ。
「あ、れ? どうして、いつの間にそんなに強くなっていたの!?」
マーブルの問いにその存在が有名なほどに強大でもなければ、最強でもない悪魔たちは戯けるようにこう返した。
「いつの間にも何も俺たちは前からこれくらいはやれたぜ?」
「だっだって、『ごっこ遊び』では……!!」
「馬鹿だな。遊びで凶器振り回す奴がいるかよ。まあどこぞの脳筋は凶器よりも拳のほうが強いようだが」
「つまり、手加減していたってこと?」
「いや、全力だったって。丸腰だから凶器使った時よりも実力は発揮できていなかったかもしれねえがな」
その答えにマーブルの頬が膨らんでいく。見るからに不機嫌そうにびしっと指を突きつける。
「もーう!! 今度遊ぶ時は手加減なんてダメなんだからねっ!!」
「……、さすがに今のマーブルちゃん相手だと凶器ありでも遊ぶのは厳しいんだが」
「私も本気でやるからみんなもちゃんと本気でやってよおーっ!!」
「いや、いやいやっ。本当今のマーブルちゃんの本気は厳しいって普通に死ねるってえ!!」
と、その時だった。
繭が一際大きく輝き──無数の閃光が爆発するように全方向へと撒き散らされた。
「ッ!!」
その放射は今のマーブルでも全てを迎撃することはできそうになかった。いくつか取り逃がしてしまうのは確定で、それすなわち世界が引き裂かれて崩壊することと同義だった。
だから。
だから。
だから。
ボッッッガァッッッ!!!! と。
数千どころではない。それこそ今のマーブルでも視認できず、無数としか表現できない魔力の奔流が全方向を埋め尽くす金色の閃光を一つの例外もなく叩き潰したのだ。
とん、と。
静かに、だが確かにマーブルの横に並ぶ影が一つ。
「お母さんっ」
「さあマーブルちゃん。いい加減、あの金色の馬鹿の目を覚まさせて、一なる光などさっさと制御してもらうとするでありますわよ!!」
邪神とその娘が並び、金色の繭と向かい合う。世界滅亡の中心点を打ち破り、その奥で引きこもっている女神の目を覚まさせるために。




