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女神と邪神に育てられた少女は人類最強のようです  作者: りんご飴ツイン


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第二十三話 爆撃砲

 

 正しいことだから、と神々は互いに殺し合った。習合。各々が持つ『分類』を混ぜ合わせ、掛け合わせ、真なる完全へと至るために。


 ──神とは『象徴』だ。厳密には生物ではなく、どちらかといえば現象に近い。ゆえに性質に、正しいことに従うのが当たり前だった。


 だけど。

『千の闇』を従えた神格はその流れに疑問なく乗っかることはできなかった。


 だからこそ彼女は悪魔を従えることに忌避感がなかったのかもしれない。


『ゼロ。正しいとはなんでありますかね』


『そいつを悪意の塊である悪魔に聞くかあ? だけどお、なんだあ。そんなのカミサマ自身がどう思うかあ、それが全てじゃないのかあ?』


『……、大多数から見れば正しいのは皆のほうであります。そういうものだと定義されているのならば、そうあるべきなのが正しさに決まっているであります』


『ふうん』


『だけど』


 あるいはこれは堕落なのかもしれない。

 邪悪に染まってしまっているのかもしれない。


 だからといって見知った者たちが殺し合うのを受け入れられなかった。正しければそれでいい。そういうものだからと受け入れられない彼女は完全とは程遠いのだろう。


 ゆえに、彼女は神としての性質に叛逆する。


 それが『堕ちる』ことであると分かっていても。


『同胞に死んで欲しくないと望むことが悪いことであれば、わらわは邪神と堕ちてでも我を通してやるであります!!』


 こうして邪神は誕生した。

『漆黒の千なる闇を従えし邪神』。己のためなら大多数が望む正しささえも踏みにじると決めたからこそ。


『ゼロ、それに皆も! 最高にド派手で最低に悲惨な戦争から皆を死なずに救い出すために!! 力を貸して欲しいであります!!!!』


『はっはっはあ! 神々とガチで「喧嘩」できる機会なんて滅多にないんだあっ。カミサマが嫌だって言っても首突っ込むに決まっているだろお!!』


『「喧嘩」……。そうでありますよね。「喧嘩」で終わらせてやるであります!!』



 ーーー☆ーーー



「さて、と。クリスフィーアっ」


「はっ!」


「民間人の避難と嬢ちゃんの治療を頼む。普通ならもう手遅れだろうが、嬢ちゃんなら持ち直すかもしれないからな」


「了解しました!!」


 副団長に指示を終えた騎士団長ウルフ=グランドエンドは正面を静かに見据える。何やら後ろのほうで『これは俺の喧嘩だぞ!!』とか『リーダー流石にやばいから引っ込もうぜ!!』とか『頑固もいい加減にしてよね! ほら早く下がって下がって!!』なんて声が聞こえたが、そちらに意識を回す余力はない。


 ゆらり、と。

 血液の右腕、すなわち高濃度の魔力を内包した拳で殴ったというのに何ともなしに立ち上がる影が一つ。


 赤い瞳に鋭利な耳、頭部にはヤギのような角、爪は異様に長く鋭く、背中からはコウモリにも似た翼を生やした()()()()()()異形の男。


 その姿はまさしく、


「悪魔、か」


「まあなあ」


「サキュバスといい、どうしてこうも短期間に絶滅したはずの連中が顔を出すのやら」


「サキュバスう? ああ、そこでコソコソしているのかあ。そういえば『女王』やら何やら、現世に留まった奴らがやけに気に入っていたっけかあ。まあ邪魔しないなら何でもいいがよお。……お前も、大人しく引っ込んでいてくれたら殺しはしないんだがあ?」


「俺様が引っ込んだとして、その後貴様はどうする?」


「もちろんマーブルちゃん持ち帰るけどお」


「であれば、やはり見逃せないな。民を守る剣であれ、それが騎士たる者の唯一絶対の職務なのだから」


「喧嘩にならずにい、死ぬだけでもお?」


「力の差は関係ない。とはいえ、だ。案外、俺様と貴様の差はそうないかもしれないぞ」


「ああ?」


 ゆっくりと。

 血液の右腕を異形の男に向ける騎士団長。


 それは異形の男には通用しなかった。そう、それ『まで』であれば。


 騎士団長ウルフ=グランドエンド。大陸最強の最有力候補がそれ『まで』で終わるわけがない。


「『深化(アビス)』──選別」


 ギュッオオ!! と血液の右腕が大気を呑み込む。燃焼・爆発の性質を選び、取り込む。


 そして。

 そして。

 そして。



 ーーー☆ーーー



 その時、上層部の壁や天井が吹き飛んだ騎士の詰所では紅に染まった女の子(に見える)生物が横たわっていた。


 魔女モルガン。

 直接戦闘なら魔女の三姉妹の中でも最強の個体である。


 起き上がる気力すらない彼女は曇った空を見上げながら、降参でもするように息を吐く。


「はっあー。こんなにも圧倒されちゃあ、もう仕方ないよねー」


 魔女モルゴースは世のため人のため『最小単位』での救済を求めていた。だからこそ、殺すと決意した。


 それに付き合うと魔女モルガンは己の意思で決めた。心底つまらないとしても、その感情を戯けるように塗り潰して。


 だけど、それもここまで。

 単体最強のモルガンが負けた時点で二人の姉が目的を達する前に撃破されるのは目に見えている。そうなれば、もう終わり。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そのことは騎士団長にもモルガンの口から『伝えて』いる。魔女の計画に付き合って少数を殺して大勢を救うか、少数を殺すことを拒否して全てを失うか。魔女モルゴースの理屈であれば『強い』彼こそが選択するべきだと思ったから。そうやって丸投げすることで、真面目すぎるがために一人で背負っている気でいる長女を楽にできればと思ったからだ。


 とはいえ、だ。

 よもや魔女モルガンが霞む怪物が時空の裂け目、『湖』の揺らぎから飛び出てくるとは思わなかったが。


「しかし、若造さまも馬鹿だよねー。大陸の外にでも逃げればどちらの破滅にも巻き込まれずに済んだかもなのに、自分からわたしさまが霞む怪物に立ち向かっていくなんてさー。ちくしょーうっ! わたしさまの必殺を見て覚えて、散々ボコボコにしてくれたんだから、精々負けるんじゃないっしょー!!」



 ーーー☆ーーー



「『深化(アビス)』──超越」


 それは魂の上限値を底上げする秘奥。

 記憶や人格、その他生物の中核となる魂を一時的に底上げし、魔力量を増幅する深淵の技術である。


 すなわち魔女モルガンの切り札だったもの。それを短期間で見て覚えた騎士団長は躊躇なく血液の右腕へと増幅した魔力を注ぎ込む。


 選別に超越。

 魔の天才たる魔女でも不可能とされる複数の『深化(アビス)』を大陸最強の最有力候補は習得したというのだ。


 ただし、


(選別と違って負荷が大きいな。魂が損耗していくのを感じる)


 肉体と同じであった。

 記憶や人格などが奇跡的なバランスで噛み合っている魂を一律に、無理に増幅することでバランスが崩れて負荷がかかっているのだ。


 一時的には底上げできるだろうが、何度も使用すると魂の破損なんていう被害が予測できない事態になりかねなかった。


 ……あるいは選別によって増幅箇所や増幅率を調整すればバランスを保ったまま魂の底上げができるかもしれないが、そこまで『成長する』時間はなかった。


 ゆえにこのままでは記憶や人格に影響を及ぼす『何か』が起こる可能性があると予測はできていて、それでも騎士団長はさらに奥へと踏み込む。全力のその先。後先なんて考えていては勝てないと分かっていたから。


(格上に勝つためだ。多少の犠牲は覚悟しなければな)


「どうだ? これなら喧嘩にはなりそうじゃないか?」


「はっはあ! なるほどなあ」


 ガシャンッ! と硬質に固められた血液の右腕が『砲』のように束ねられ、異形の男へと向けられる。


 外側を硬質化した血で包み、中身を燃焼・爆発の性質を持つ血で満たした『砲』。檻の中で一点のみをあけていればどうなるか。他ならぬ騎士団長が何度も実践している。


「爆撃砲、起爆」



 それは『余波』だけで世界を真っ白に染め上げた。



 後方、離れた位置で取っ組み合っていた『スカイサーベル』の面々や副団長といった実力者たちでさえもあまりの『余波』に目玉が吹き飛んだと錯覚したほどだ。


「ぎゃっ、ぎゃぶあっ、ふぐうぎゃああああーっ!? なになに目ん玉潰れた? 何も見えねえ!!」


「落ちっ、ぐう、落ち着けっ。光、だ。あまりに強烈な光に目が痺れただけだっ。ああくそ痛ってえ! 太陽眼球に押しつけられたみてえだな、おい!!」


「俺の喧嘩だってのに好き勝手やりやがって!! 騎士団長、まずはテメェから死にたいようだなあァん!?」


「この頑固者なにを言っているのよ!? ああもう本当面倒くさいわねこいつ!!」


 いかに『砲』で覆うことで爆発に指向性を持たせたとはいっても閃光までは操れなかった。それだけでもAランクパーティーが一時的とはいえ視界を失って喚き散らす領域にまで達していたということだ。


 では、爆撃そのものはどれほどだったのか。


「痛つつ。やっと見えるようになっ、て……きた」


 目を擦りながらようやく光を取り戻してきた視界で正面を確認した『スカイサーベル』の面々は信じられないと言いたげに目を見開いていた。



 空洞だった。

 正面、首都どころかその先に至るまでありとあらゆる『物』が消し飛んでいたのだ。



 方角的には首都の北半分、そしてその先さえも。それが巨人が蹴り抜いたようにポッカリと消失していた。


 ただし、騎士団長のことだから空気の振動率を増幅した『声』で首都に展開している騎士たちに指示を出し、避難誘導くらいは済ませていたのだろう。無関係な人が巻き込まれて死んでいる様子はなかった。


 その破壊は最大に、被害は最小に収めたあまりにも鮮やかな結果に『スカイサーベル』の面々は信じられないと言いたげに目を見開いていた()()()()()()


「参ったな」


 選別と超越、二つもの魔の真髄を同時に振るい、あの単体最強の魔女さえも撃破した騎士団長ウルフ=グランドエンドが苦々しげに吐き捨てる。


「これでも通用しないとは!!」


 ただ一つ、である。

 ありとあらゆる『物』が吹き飛ばされた爆撃跡地にて異形の男だけがその場から動くことなく佇んでいた。


 その全身を赤黒い靄で覆った彼は口の端から流れている血を親指で拭い取る。そう、あれだけの爆撃を真正面から受けてなおその程度で済んでいた。


「いやあ、誇ってもいいと思うぞお。マーブルちゃん以外の人間を相手に血を流すとは思わなかったしい。まあ俺っちと『喧嘩』するにはちょろっと足りなかったがなあ」


 言下に赤黒い靄が束ねられ、槍のように収束、勢いよく投げ放たれた。

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