第十五話 邂逅、そして
騎士団長ウルフ=グランドエンドはコキリと首を鳴らす。正面。空気の槍を突き出したその先では自分の手首を噛み千切った女の子が笑っていた。
頬に飛び散った血を舌で舐めながら、あくまで戯けるように。
「若造さま。魔法については知っているかにゃー?」
魔女モルガンは笑う。
深く、深く、塗り潰すように。
「魔法とは魂を構築する力、すなわち魔力を超常へと変換する技能。まー大半は象徴という『軸となる性質』を道標に増幅することで振るわれる現象そのものは象徴のものでも、あまりに増幅されているがばかりに奇跡のように感じる力へと変えるわけっすけど」
「…………、」
「また、魔法を発動する際には魂から肉体、肉体から象徴へと魔力を伝達する必要があるっしょー。たーだー、そうやって色んなところに移動させちゃうとどうしても魔力が減衰しちゃうんだよねー。魔力の量は象徴の増幅率と比例関係にある。魔力が多ければ多いだけ魔法の威力が上がるってのに、せっかくの魔力が減衰しちゃうってのはもったいないよねー?」
騎士の詰所、その最上階は彼らの激突の余波で吹き飛んでいた。壁も天井も、一切が綺麗に、だ。
「ねーえー若造さま。魂から肉体はどうしようもないけど、肉体から象徴って無駄じゃない? その一手間が多彩な魔法に繋がるのかもしれないけど、単純な出力だけを突き詰めればどんな性質だって力技で粉砕できちゃうってのにさ。いやまー個々人によって使える魔法というか増幅できる象徴は違うからこんなこと言ってもどうしようもないって話かもだけどねー。それこそエレインねーさまのように他人の魔法を好きに使うとかモルゴースお姉さまのような反則でもなければ関係ない話だったねーはっはっはっ!!」
「だから手首を噛み千切ったのか」
「きゃはっ!!」
ウルフ=グランドエンドが突き出した風の槍は魔女モルガンを貫く寸前で静止していた。
原因は、紅。
魔女モルガンが噛み千切った手首から血液が触手のように何本も飛び出し、風の槍を絡め取っているのだ。
その、衝突。
絡め、受け止めただけで壁や天井が吹き飛ぶほどのエネルギーが秘められていたという事実が、騎士団長も魔女も『規格外』である証拠であった。
「本当は肉体強化が一番なんだろうけど、肉体を象徴に増幅すると一定以上増幅した時点で耐えきれずに自壊しちゃうからねー。肉体という神秘を考えなしに弄ってしまうと奇跡の配合が崩れちゃう的な? だから、こうして肉体から血液という単一の象徴を取り出して増幅しているってわけ。血液『だけ』ならいくら増幅しても壊れないからねー。まーあー『あれ』じゃなくて選別の『深化』に手を伸ばしていれば自傷する必要はなかったのかもだけど」
「お喋りなことだ。それともそうやってぺちゃくちゃ喋っているのは……いや、まあいい」
魂から肉体、肉体から空気へと魔力を伝達している騎士団長に比べて、肉体から切り離した血液に含まれる魔力をそのまま使っている魔女のほうが減衰する魔力量は少ない。それは、明確なアドバンテージだろう。
だが、
「長々と語ってくれたが、どうということはない。減衰したってありあまるほど膨大な『量』を貴様にぶつければいいだけだろう」
「はっはっはっ!! 魔女、魔を司る女の名を刻むわたしさまに短命極まる人間がハンデを背負った上で競り勝とうだって? 面白い、若造さま面白いよーっ!! 魔女と人間とでは生まれながらに宿す魔力量に大きな差がある。それがわかっての言葉かにゃー!?」
「種族としてがどうであれ、俺様と貴様、個体としての優劣まで決定されるわけではない」
「だったら試してみるっしょー!!」
言下に騎士団長と魔女が真っ向から激突する。透明と紅。互いの必殺をぶつけ合う形で。
ーーー☆ーーー
迫るは暴風。
地面をめくり上げるほどの暴風に対して副団長クリスフィーア=リッヒマータは丸太と見間違うほどに極太の槍を突き出す。
ぐるりと手首を回し、穂先を旋回させながら。
「抉り貫けえ!!」
ギュガァッ!! と槍の動きに合わせて螺旋を描きながらかき乱された空気が魔法によって増幅。回転エネルギーを増幅された空気が渦巻く刺突と化して暴風と激突する。
瞬間、槍を支えるクリスフィーアの腕が軋むほどの衝撃が襲いかかった。
「ぐ、ふう……ッ!!」
筋繊維が弾け、骨からも嫌な音が連続する。十メートルクラスの強固な魔獣の突進を受け止めた時の比にならない衝撃だった。
それでも、地面に根を張ったかのようにその場で耐えるクリスフィーア。
ザ、ザザッ、ゾザザザザッ!! と渦巻く刺突を盾に耐え忍ぶクリスフィーアに引き裂かれた暴風が左右に分かれ、そして──ゴッバァ!! と後方の街並みをおもちゃのように吹き飛ばした。
重厚なレンガ造りの建物だろうがお構いなしだった。木っ端微塵。砂のお城でも崩すような気軽さで街並みそのものが粉砕されたのだ。
「はっ、はぁ……っ!! やっ、ぱり、無茶苦茶強いわね!!」
槍を掴む腕はだらりと力なく下がっていた。鎧さえもお湯に浸した氷のようにひび割れており、その奥の肉もまた同じように割れているのだろう。赤黒い液体が亀裂から噴き出ている。
全身を鎧で覆った副団長クリスフィーア=リッヒマータはフルフェイスで覆った顔を悲痛に歪め、半ば死を覚悟していた。
強さの次元が違う。
騎士団長ウルフ=グランドエンドと彼女との間に途方もない力の差が広がっているように、立ち塞がる二人との力の差もまた歴然だった。
勝ち筋が、見えない。
おそらく先の暴風は『挨拶』だ。あちらは挨拶代わりに軽く力を放っただけなのに、全力で迎え撃ったクリスフィーアはすでに死に体なのだ。今の時点で実力差は明らか。どう希望的に考えたって敗北する未来しか予想できない。
これほどか、とクリスフィーアは歯噛みする。多くの魔獣を操る、なんてものはあくまで力の一端。目の前の怪物たちの本領はもっとずっと凄まじいものなのだ。
それでも。
こんな怪物が首都を攻めているのだとすれば。
(団長なら今相手している『規格外』の敵にだって勝てる。そうすれば、団長さえ自由になれば、こいつらだって何とかしてくれるはずっ!!)
騎士団長ウルフ=グランドエンド。
大陸最強の最有力候補である彼は他の騎士とは、違う。
他の騎士よりは強いからと副団長に任命されただけのクリスフィーアと違って、真なる意味での強者なのだ。
ゆえにクリスフィーアは決意する。
せめて自分の命だけと引き換えに時間を稼ぐ。騎士団長という切り札を二人の怪物にぶつけるまでは、クリスフィーア=リッヒマータ一人のみに被害を集中させる。
それが、最も被害を少なく騒乱を終息させる方法であるから。
「アヴァロン騎士団副団長クリスフィーア=リッヒマータ、推して参るっ!!」
決死の覚悟は固まった。
最善であれば命だって賭けられる。その精神性こそが、良くも悪くもクリスフィーア=リッヒマータを副団長にまで押し上げた原動力なのだ。
だから。
だから。
だから。
ダァッッッン!!!! と。
副団長と二人の怪物、その間へと少女は降り立つ。
銀髪碧眼の令嬢をお姫様抱っこしたその少女は、それこそ散歩でもするような気軽さでこう言った。
「あれ、サキュバスも操られている感じ? じゃあ今助けるからねー」




