第十四話 魂の底の底からの望みは
神秘的な少女であった。
絵本の中から飛び出してきたかのような、理想ではあるが現実的ではない美を纏う彼女は無邪気に、欲や悪意なんて微塵も感じさせない笑顔を浮かべていた。
と、床に倒れたメイドに気づいたのか慌てて駆け寄り、
「わっわっ、大丈夫!?」
「わ、たし……のことは気にせず。この程度ならば、時間さえかければ……自然治癒力の増幅で、治せます、ので」
「本当? 死んだりしない?」
「はい……。それ、より……お嬢様を助けて、くださり……ありがとう、ございます」
「なんか危なそうって気づいたからねっ。当然のことだよっ」
軽い口調だった。普通の騎士を凌駕するBランク冒険者相当の護衛兼メイドが敗北したグレートオークの群れを一掃するくらい、彼女にとっては『軽いこと』なのだろう。
と、そこで吹き飛んだ通路を飛び越えて、幾人ものメイドや執事が室内に雪崩れ込んできた。身の回りのお世話には護衛も含まれる、ヴィーヴィ公爵家の従者部隊の面々である。
「申し訳ありませんっ。遅くなりました!」
「お嬢様、ご無事ですか!?」
「わたくしは大丈夫です。それよりわたくしを守るために負傷した彼女の治療をお願いしますっ」
ミーリュアの言葉を聞き、従者部隊の面々は即座に行動に移していた。その間にも油断なく、襲撃に対応できるよう備えながら。
執事の一人が言う。
「お嬢様。一つお聞きしたいのですが、そちらの女の子は?」
「マーブルは今日だけでなく昨日もわたくしを助けてくれた恩人ですっ。邪なことを企むような人ではないので、そう警戒せずとも構いません」
「お嬢様がそうおっしゃるのであれば」
そう答え、一歩下がる執事。
ミーリュアの言葉がなければ拘束とまではいかずとも、何かしらの対応はあっただろう。何事もなければそれでいいが、何かあってから対応しても遅いのだから(主人の言葉に逆らうわけにもいかないので今すぐどうこうするのは控えたが、もちろん完全に心を許してはいない)。
マーブルはといえばそんなやりとりなんて聞いてもおらず、負傷したメイドの怪我が治療されていくのを見て安心したように胸を撫で下ろしていた。
昨日、マーブル自身だって胸に穴をあけて両腕を吹き飛ばす重傷だっただろうに、そんなものはなかったかのようだった。
「そっそうですっ。そういえばマーブル、その両腕吹き飛んでいませんでしたか!?」
「うん。昨日のうちに生えたけど」
「生えたって……あんな酷い怪我が一日くらいで、ああでもお腹に穴をあけても塞がるくらいですしそういうもの、なんでしょうか?」
怪我が治っているのは喜ばしいことなのだが、どうにも喜びよりも先に疑問が出てくるくらいにマーブルは規格外だった。
そのマーブルはといえばガラッと窓ガラスを開け、窓のフチに足をかけながら、
「その人大丈夫そうだね。それじゃお姉さん、私やることあるからもういくねっ」
「え、あ……っ!!」
その時、ミーリュアは何を思ってそうしたのか、自分でもわかっていなかった。
ただ。
心の底の底にある『自分』がそうするべきと叫んでいたのだ。
だんっ!! と窓から外へと飛び出すマーブルの黒と金のマントをミーリュアは掴んでいたのだ。
「わ、ひゃあああーっ!!」
「えっ、お姉さん!?」
軽く数十メートルは飛び上がったマーブルに引っ張られる形でミーリュアもまた上空に飛び出す。とはいえミーリュアの身体能力は年相応であり、また数十メートルも飛び上がった時の衝撃に耐えるための魔法なんて覚えていなかった。
「あ」
いっそ間の抜けた声だった。
マントから指がずり落ちる。離れる。すっぽ抜けたようにその身体が数十メートルもの高さから落ちそうになって──
「おっと」
ガシッ、とマーブルがその手を掴む。
そのまま近くの建物の屋根に着地した彼女はキョトンとした顔でミーリュアを見つめていた。
「お姉さん、どうかした?」
「あ、ええ、と……」
聞かれても、当のミーリュア自身なんでこんなことをしたのかわかっていないのだから答えられるわけがなかった。
困ったように視線を彷徨わせるミーリュアに、金髪黒目の神秘的な少女は何を思ったのか一つ頷いて、こう言ったのだ。
「お姉さんも一緒に行く?」
その提案が、ストンとミーリュアの心に収まった。『そうしたい』のだと、理由まではわからずとも本能的に理解させられた。
「そう、ですね。ご迷惑でなければ、是非っ」
「私は別に迷惑ってことはないよ。あ、でもちょっと物騒なことになりそうだから、気をつけてねっ」
物騒? と目を瞬くミーリュアの腰と膝の裏にマーブルは流れるように両手を回していた。そのまま持ち上げる。そう、俗に言うお姫様抱っこというものだった。
「待っ待ってくださっ、これっこれってえ!!」
「ようし、それじゃあ出発しゅっぱーつ!!」
「待ってくださーい!!」
顔を真っ赤にしたミーリュアを気にすることなく、マーブルは勢いよく飛び上がっていた。軽々と、跳ねるように数十メートルも飛んで、屋上から屋上に渡る形で目的地を目指す。
ゴンダンバンドゴン!! と手当たり次第に魔獣を殴り飛ばし、襲われている人々を助けながら。




